文書と写真・地図による「記憶」の再現

妙心寺 その4

臨済宗妙心寺派大本山 正法山 妙心寺(みょうしんじ) その4  2009年1月12日訪問

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妙心寺 法堂

 妙心寺 その2でも触れたように、山内に36塔頭、境外に10塔頭を持つ大寺院である。しかしこの内、常時一般に公開されているのは、龍安寺、桂春院、大心院、退蔵院の4塔頭に過ぎない。その他に期間限定や人数制限などで特別公開している大法院と東林院、拝観条件がある限定公開を行っている西源院、大雄院、慧照院など5塔頭を加えても9塔頭でしかない。妙心寺の塔頭の多くは原則非公開であり、京の冬の旅等の特別公開の際に僅かに拝観できると考えておいたほうが良い。 塔頭以外にも、大方丈、小方丈、開山堂(玉鳳院内)、仏殿、三門そして庫裏も一般公開を行っていない。ただし法堂と浴室の公開は行われているため、この2つの建物とともにその待合場所として大方丈南庭を拝観することができる。

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妙心寺 北総門
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妙心寺 北総門脇に立つ 佐久間象山先生墓當山内にあり の道標
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妙心寺 大法院へつながる参道に立つ 贈正四位象山佐久間先生墓道の道標

 公開されている塔頭の拝観は後回しとして妙心寺の主要伽藍について見る。今回は北総門から南総門に向けて歩いたので、この順路に従って書いて行く。
 重要文化財に指定されている北総門は、慶長15年(1610)に建立された切妻造本瓦葺の薬医門。正面向かって右手に潜り戸が設けられている。また門の左手前には、「佐久間象山先生墓當山内にあり」の道標が立つ。真田家に所縁のある大法院に象山の墓があるためである。なお、この道標はフィールド・ミュージアム京都には掲載されていないようだ。

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妙心寺 北総門から庫裏方向を眺める
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妙心寺 庫裏北面で右に折れる
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妙心寺 庫裏東面から北側を眺める

 北総門より境内に入ると庫裏に向かって右手に弓形となっている参道が続く。この両側に7つの塔頭寺院が並ぶ。突き当たりは庫裏の裏側の北面になる。ここで右手折れ、庫裏の西面を南に下っていくと、法堂、仏殿そして三門が現れる。このあたりが妙心寺の主要伽藍が並ぶ部分である。禅宗寺院の特徴である軸線上に一列に並ぶ構成はここでも確認できる。庫裏、法堂、仏殿、三門、放生池そして勅使門が直線状にならぶ。大方丈でなく庫裏が軸線上にあるのは意外であった。

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妙心寺 庫裏東面から北側を眺める
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妙心寺 法堂から北側を眺める

 庫裏は承応2年(1653)に建立された建物。台所として使用される庫裏は土間と大庫裏と小庫裏に分けられるそうだ。何百人もの食事を一度に調理し配膳することができるように作られている。
 明暦2年(1656)に建立された法堂は入母屋造で一重裳階付の建物。仏像は安置されず、住持による法座や坐禅が行われる建物。建物内の鏡天井には、狩野探幽が8年の年月を費やして描いた雲龍図を見ることができる。

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妙心寺 仏殿
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妙心寺 三門
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妙心寺 放生池
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妙心寺 勅使門

 仏殿は妙心寺の本堂で本尊の釈迦如来を祀る建物。江戸末期の文政10年(1827)創建と比較的新しい建物。建築様式は法堂と合わせた入母屋造の一重裳階付。毎朝の勤行の他、お釈迦さまの三仏忌となる降誕会・成道会、涅槃会が勤められている。
 三門は慶長4年(1599)建立の五間三戸の二重門。境内で唯一の朱塗りの建物。上層に円通大士と十六羅漢像を安置する。放生池の南側、境内の最も南に位置する勅使門は慶長15年(1610)の建立。平生は閉じられているが、妙心寺住持の入山・晋山時に新住職はこの門より入られる。

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妙心寺 大方丈と唐門
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妙心寺 大方丈南庭

 この軸線上の並ぶ建築群の東側に並ぶ建物も同様に見て行く。
 大方丈は、庫裏の東側に承応3年(1654)に創建された建物。現在、法堂へと続く回廊の東側に大方丈玄関が作られ、ここで拝観の受付が行われている。大方丈は仏事行事を勤める際の僧侶の控えの間、食事の場として使用されるため、上記のような法堂への回廊とつながっているのであろう。大方丈は築地塀で囲まれ南側に唐門が建てられている。大方丈南庭は白砂ではなく、苔地となっている。大方丈の中心線上に唐門が配され、その両側に白砂を使用した盛砂が苔地の上に築かれている。南庭には石組はなく、樹木が庭の周辺部分に植えられている。非常に簡潔な構成となっている。小方丈は大方丈の東側に建てられているが築地塀の向こう側にあるため見ることはできなかった。渡り廊下で大方丈とつなげられているようだ。

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妙心寺 経蔵(208年5月14日撮)
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妙心寺 浴室
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妙心寺 浴室内部

 仏殿の東側には寛文13年(1673)建立の経蔵がある。1間1間、一重裳階付の建物で、本瓦葺宝形造。建物内の中央に置かれた八角の輪蔵には、一切経が納められている。正面には輪蔵の考案者である傅大士の像が祀られている。扁額「毘盧蔵」は持明院統の伏見天皇の宸筆とされている。 経蔵の南側に、明智風呂と呼ばれる明暦2年(1656)建立の正面5間、唐破風、蟇股、桟唐戸を持つ浴室がある。明智光秀の叔父であり塔頭の大嶺院(廃寺)の開山である密宗和尚が光秀の追善菩提のために建立したとされている。建物内部には蒸風呂と洗い場が作られ、内部の拝観も可能となっている。ただし大方丈で拝観受付を行い、法堂とともに団体で移動しないと常時施錠されているため内部に入ることができない。
境内の南端に勅使門とともに南総門が造られている。北総門と同じ慶長15年(1610)建立の薬医門。

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妙心寺 勅使門と南総門

 妙心寺の主要建築物はほぼ江戸時代に入ってから建立されたものであり国宝建築物はない。しかし上で説明した建物全てが重要文化財に指定されている。

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妙心寺 浴室
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妙心寺 浴室

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