徘徊の旅の中で巡り合った名所や史跡などの「場所」を文書と写真と地図を使って保存するブログ

アーカイブ:2020年 6月

梶取社

 

梶取社(かじとりしゃ) 2010年9月18日訪問 梶取社 貴船神社一の鳥居と梶取橋 鞍馬街道(府道38号 京都広河原美山線)から貴船神社に入っていく分岐点が貴船口である。ここから府道361号 上黒田貴船線で貴船神社まで2km強、徒歩で30分はかかる。この貴船口に建てられた貴船神社の巨大な一の鳥居のすぐ脇に小さな祠、貴船神社の末社 梶取社が祀られている。 安永9年(1780)に刊行された都名所図会の巻之六 後玄武再刻で貴布祢社が取り上げられている。この説明の中で足酒石、蛍石とともに梶取社について以下のように記されている。 梶取社は、二瀬の里の北に貴船の一の鳥居あり、其かたはらにしづ… ►続きを読む

 

貴船

 

貴船(きぶね) 2010年9月18日訪問 貴船の町並み 前項では鞍馬という地名について書いてきた。この項では明治以降の山城国愛宕郡の変遷を辿りながら貴船の地名について調べてみる。 平安時代中期に作られた辞書「和名類聚抄」には全国の国名・郡名とともに郡内の郷についての記述がある。山城国は、乙訓(於止久)、葛野(加止乃)、愛宕(於多岐)、紀伊(岐)、宇治(宇知)、久世(久世)、綴喜(豆々岐)そして相楽(佐加良加)の8郡で構成されている。()内は訓であり愛宕は「あたご」ではなく「おたぎ」と呼んでいたことがわかる。さらに郡内には、蓼倉郷(多天久良)、栗野郷(久留須乃)、上粟田郷(阿波多)、大野郷… ►続きを読む

 

鞍馬

 

鞍馬(くらま) 2010年9月18日訪問 貴船口 梶取橋と貴船神社の鳥居 2010年1月17日分の最後として冷泉家を書き上げたことで、2009年の晩秋から冬にかけての京都訪問をやっと終了した。その後BIGLOBEウェブリブログの大幅な仕様変更に伴い、徘徊の記憶の調整と新しいブログ 徘徊の記憶│Haikai no kiokuの立ち上げに1年近い時間を費やしてしまった。やっと立ち上がった徘徊の記憶│Haikai no kiokuも、実はまだまだ修正しなければならない所が山積みになっている。しかし修正ばかりを行なっていル訳にもいかないので、修正作業を継続しながら新たな投稿も行なっていくこととし… ►続きを読む

 
 

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