文書と写真・地図による「記憶」の再現

タグ:旅館

炭屋旅館 その4

 

炭屋旅館(すみやりょかん) 2008/05/14訪問 炭屋旅館 夕食01  炭屋の食事は、素材も料理方法もそして器を含めて、非常に伝統的な懐石の範囲の中で創られたものという印象が残っている。懐石の形態をとりながら洋風の素材を用いたり、あるいは和食と異なる料理方法で作られたものを輪食器に装うこともなく、非常に忠実な懐石料理であることは、初心者の私にも伝わってきた。妻もお茶事に出される懐石料理を思い出したと言うことなので、おそらく私たちの得た印象は作り手の意図したものに近かったと思う。その反面、あまり驚かされるような料理も現れず、淡々と夕食が進んで行き、気がついたらデザートを迎えていたというのも偽らざる感想である。繰り返しになるが、吟味された素材を使い、丁寧に造られた料理は非常に美味しいものでし… ►続きを読む

 

炭屋旅館 その3

 

炭屋旅館(すみやりょかん) 2008/05/14訪問 炭屋旅館 安宅 主室の床の間方向  主室は8畳間、右手窓側に床の間が造られている。畳敷きの床の間には掛け軸が掛けられ、丸い盆の上に載せられた花器にはお花が生けられている。床の右側は床脇となっており、棚が設えてある。この棚の前に置かれた台の上に電話機がある。床脇の棚の右手にはクロークとなっており、浴衣が用意されている。床の間の正面の壁の腰には、文字の書かれた紙が貼られている。近づいて読むと安宅の謡本であることが分かる。小舞を組んだ窓の下から始まり、床の間と床脇を除いてほぼ主室の中を一周している。もともと長押のない部屋であるため、これを除くと床の間の正面の壁には何も施されていない。ただ小さなテレビとファンヒータが板敷きに置かれているだけである… ►続きを読む

 

炭屋旅館 その2

 

炭屋旅館(すみやりょかん) 2008/05/14訪問 炭屋旅館 安宅 次の間から客室ドアを眺める  本日泊まった部屋は「安宅の間」、能の安宅から名付けられた客室である。玄関から客室をつなぐ廊下を進むと中庭が現れる。さらに進むと照明も明るく、新しく作られた部分に入る。安宅の間はこの増築部分の1階にある。 炭屋旅館 安宅 客室ドア 炭屋旅館 安宅 炭屋旅館 安宅  部屋の開き戸を開けると、板の間の踏込みがある。正面の壁に和風の照明器具が設けられ、比較的明るい。天井は部屋内方向へ渡された丸材の竿縁天井となっている。さらに細い角材を横方向にも流しているため、狭い空間ではあるが密度を高めている。 炭屋旅館 安宅 次の間 炭屋旅館 安宅  次の間は踏込みを入って左手にある。上がり框の先には衝立が置かれ、その先… ►続きを読む

 

炭屋旅館

 

炭屋旅館(すみやりょかん) 2008/05/14訪問 炭屋旅館 玄関  錦市場を出て、御幸町通を北上し、三条通に入る。三条麩屋町通の角にある あぶらとり紙のよーじや三条店をのぞく。新しいお店と思っていた よーじやも明治37年(1904)に六角御幸町あたりに国枝商店という屋号で店を開いたのが始まりと聞く。この数年の人気の盛り上がりは別としても長く女性に愛されてきた店であることは確かである。 炭屋旅館 三条通からの眺め 炭屋旅館 麩屋町通の外観 炭屋旅館 玄関  三条通の町並みを眺めた後、本日の宿へと麩屋町通を南に入る。  俵屋や柊屋と比較して、炭屋の旅館としての歴史はそれほど長くはない。 もともと刀の鍔や襖の引手とかを商う鋳物屋だった。3代前の堀部鍈之介がお茶やお花そして謡曲を趣味としていた。鍈之… ►続きを読む

 

柊家 その4

 

柊家(ひいらぎや) 2008/05/13訪問 柊家 抹茶と特製銘菓 朧月  部屋に入るとすぐに抹茶が用意される。お菓子は三日月状した薄茶の皮に白い斑の砂糖?をまぶした様はその名のとおり朧月である。中は粒餡が入っている。食べるとほのかに生姜が利いている。こちらも柊の印が入っているので柊家の特製菓子となっている。こちらは加賀屋清和で作られているが、今はお店は閉められていて買うことが出来ないようだ。このあたりのことは、「fran」さんのブログ「まねきねこ」に書かれているのでそちらをご参照ください。そちらに掲載されている写真を見るとお菓子の名称も特製であることが分かる。 柊家 夕食 1 柊家 夕食 2 柊家 夕食 3 柊家 夕食 4 柊家 夕食 5 柊家 夕食 6 柊家 夕食 7 柊家 夕食 8 柊家 夕食 9 柊家 … ►続きを読む

 

柊家 その3

 

柊家(ひいらぎや) 2008/05/13訪問 柊家  床の間の窓側には洗面所が作られている。 柊家 洗面台 柊家 洗面台 いろいろなものが並ぶ 柊家 洗面台の左半分 柊家 洗面台の右半分 柊家 洗面台に置かれていた説明書 柊家 洗面台に置かれていた美しいシルエットの腰掛と洗面具  ホテルでも使われる新しい洗面セットが置かれている。洗面台の上には各種のアメニティグッズが置かれている。その他にシャンプーとトリートメントの説明書きが置かれている。確かに見たこともないシャンプーを使用するのには抵抗がある。そのような気持ちに対する配慮とともに、これもまたひとつのノベルティグッズとなっている。 柊家 風呂場の扉 柊家 風呂場 壁は天井までタイル張り 柊家 風呂場 屋形状の舟底天井 扉と同じ赤い塗装が施されている 妻面に… ►続きを読む

 

柊家 その2

 

柊家(ひいらぎや) 2008/05/13訪問 柊家 32号室  今回柊家で宿泊した部屋は、鍵に書かれた名称によると32号室とある。麩屋町通から西方向へ玄関を入り、「来者如歸」の額のかかる間に上がる。そこから北側に伸びる廊下の右手側の部屋であったので、部屋の窓先は麩屋町通に面した塀となる。 柊家 客室玄関 この部分は比較的新しい造りとなっている 柊家 客室玄関 棚と冷蔵庫 柊家 客室玄関 冷蔵庫置き場 ミニチュアボトルと腰壁のスクラッチタイルに時代を感じる 柊家 客室玄関 冷蔵庫の上にはワインオープナーまで用意されている 柊家 客室扉  板張りの廊下から部屋の開き戸を開けると踏込みとなっている。正面に棚が架けられ、その上に一輪挿しが置かれている。棚の右手上には灯りと開けることのできない装飾として拵えら… ►続きを読む

 

柊家

 

柊家(ひいらぎや) 2008/05/13訪問 柊家 姉小路側から眺める  表千家 裏千家が並ぶ小川通から本法寺の境内を通り抜け、堀川通に出る。裏千家の茶道総合資料館の前を過ぎ、堀川寺ノ内の停留所から市バスに載り、堀川丸太町に向う。ここで市バスを乗り換え、京都市役所前で下車する。今朝コインロッカーに預けた荷物を引き出し、今夜泊まる柊家へ向う。 柊家 御池通の角 柊家 御池通側から眺める 柊家 玄関以外にも建物へ入る木戸がいくつか見られる 柵は開けられるようにできている 柊家 玄関玄関脇の木戸 こちらは勝手口のようだ  柊家は御池通から麩屋町通へ入る西の角に位置する。真正面は俵屋、三条通の先には炭屋と京都を代表する旅館が麩屋町通に面している。 柊家 玄関 内部の灯りが薄ら見える 柊家 玄関の内 正面の窓の… ►続きを読む

 

佳水園 その3

 

ウェスティン都ホテル京都 佳水園(かすいえん) 2008/05/12訪問 佳水園 フロント横の応接と棚  ウェスティン都ホテル京都は、平成14年(2002)に、スターウッド・ホテル&リゾートと提携し、ウェスティンブランドに入ったが、現在もホテル名称に残っているように都ホテルズ&リゾーツの旗館であった。ちなみに村野の初期の名作 志摩観光ホテルも系列ホテルの1つである。 佳水園 エントランス 佳水園 エントランス  三条古川町の油商 西村仁兵衛が、明治23年(1890)に華頂山の中腹の7万坪近い敷地に「吉水園」という貸し席を開いたのが都ホテルの始まりである。本館は八景閣と呼ばれ、100坪ほどの建物で、大小の部屋にわかれ、眺望の良さを売りに各種の会合が行われていた。付属施設とした… ►続きを読む

 

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