文書と写真・地図による「記憶」の再現

アーカイブ:2012年 12月

光明寺 その2

 

西山浄土宗総本山 報国山 光明寺(こうみょうじ)その2 2009年12月9日訪問 光明寺 圓光大師石棺  光明寺 その1では、法然上人没後の浄土宗の法難(嘉永の法難)とその後の浄土宗の分裂について記してきた。この項では法然と熊谷直実を中心とした光明寺の歴史について書いていきたい。 西山浄土宗の総本山である光明寺の歴史について、公式HPでは承安5年(1175)法然上人が粟生野の地で初めて念仏の法門を説かれたことより始めている。 上人は長承2年(1133)美作国久米南条(現在の岡山県久米郡久米南町)の押領使・漆間時国と母・秦氏君との子・勢至丸として稲岡庄に生まれている。その生誕地には、後に熊谷直実が建立したとされる誕生寺が現存している。押領使は国司に任命され国司の兵を指揮する地方官で、その土地の… ►続きを読む

 

光明寺

 

西山浄土宗総本山 報国山 光明寺(こうみょうじ) 2009年12月9日訪問 光明寺 女人坂  長岡京駅より阪急バス・光明寺循環20番に乗車すると、およそ15分位で粟生の光明寺前に到着する。かつての粟生村は光明寺背後の山より同門前の平地部を含む部分にあった。西山の一部をなし、古くは荒野や山野であったと考えられている。一般的に粟生という地名は粟ができた畑を指すことが多く、湿地や水辺から海辺を示す語としても知られている。「日本歴史地名大系第26巻 京都府の地名」(平凡社 1979年初版第一刷)によると、光明寺の境内に光明寺古墳、また背後の山にも烏ヶ岳古墳などがあることが分かる。このように桂川右岸の丘陵地に、古墳が多く残されていることは、古くからこの地で生活してきた人々の存在を示しているともいえる。… ►続きを読む

 

神足駅五十周年開業記念碑

 

神足駅五十周年開業記念碑(こうたりえきごじゅうしゅうねんかいぎょうきねんひ) 2009年12月9日訪問 長岡京駅 神足駅五十周年の開業記念碑  今回は長岡京市の光明寺と長岡天満宮、そして松尾大社の重森三玲の庭園の訪問を目的とし、東京駅6:00発の新幹線に乗り込み京都に向かう。いつもと同じように新幹線が定刻の8:11に京都駅に到着すると、そのまま駅を出ることなく東海道本線下りに乗り換えJR長岡京駅へと向かう。光明寺への阪急バス乗り場を探し西口に出る。西口駅前は2棟の商業施設とその奥にある高層マンションが目に付くくらいで、特に目立った物のない普通の地方都市の駅前風景という感じである。むしろ東口に建つ高層の村田製作所本社に目が行ってしまう。この日は平日だったのに、それほど人通りが多くないのは、既に… ►続きを読む

 

東山の町並み その2

 

東山の町並み(ひがしやまのまちなみ)その2 2009年11月29日訪問 東山の町並み 八坂の塔  既に18時半も廻っているので、本日最後の訪問は人出の多い賑やかな場所を選ぶ。高台寺通から法観寺のライトアップを見ながら産寧坂を目指すこととする。  京都の地形が北から南に向かって下り傾斜となっていることは、あまりにも有名である。だから鴨川も桂川も北に発して南に下ってゆく。川の中に設けられた堰を見ると、穏やかな流れの鴨川でも比較的高低差があることに気がつく。高瀬川の源流となる「みそそぎ川」には各庭園に水を導くための取水口が設けられている。これらを一つ一つ眺めてゆくと京都の地形が思ったより傾斜していることが分かる。今までいろいろな場面でこの京都の地形の特色を見てきたが、京都御所の南北方向の石垣の高さ… ►続きを読む

 

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