文書と写真・地図による「記憶」の再現

アーカイブ:2009年 6月 07日

神泉苑

 

真言宗東寺派 神泉苑(しんせんえん) 2008/05/12訪問 神泉苑 法成就池にかかる法成橋  二条城の東大手門を出て、東南隅櫓を見ながら押小路通を西に300メートル進むと左手に町屋の並びの中に塀で囲まれた木々の多い一角が現れる。ここが神泉苑の押小路通側の門となる。 神泉苑 法成就池の北側 神泉苑 法成就池に浮かぶ竜頭鷁首の舟  神泉苑は平安京が作られたときに、大内裏の南東に接するように造営された禁苑、すなわち天皇のための庭園であった。当初の敷地はWikipediaの平安京を見れば分かるように、北は二条大通、南は三条大通、東は大宮大路そして西は壬生大路に囲まれた広大な敷地を持つ庭であった。現在の地図上では東は「神泉苑東端線」の石碑が立つ大宮通から、西は二条城の西端を通る美福通あたりの南北50… ►続きを読む

 

二条城

 

二条城(にじょうじょう) 2008/05/12訪問 二条城 二の丸御殿車寄  平安神宮神苑の出口は平安神宮 神楽殿の脇にある。応天門をくぐり冷泉通を東に進むと岡崎道に行き当たる。平安神宮神苑の東神苑の塀を左手に見ながらしばらく北へ歩いていくと丸太町通に出る。京都市バス 岡崎道停留所からバスに乗り、丸太町通を西へ移動する。堀川丸太町通で下車して南に下ると二条城の正門前に出る。 二条城 東南隅櫓  二条城と呼ばれるものは、歴史書において複数現れてくる。朱雀大路が廃れた後、二条通は都一の大路となり、足利尊氏から義満まで3代の将軍が二条に屋敷を構えるようになった。そのため将軍家の屋敷は「二条陣」または「二条城」と呼ばれていた。以後、二条通から離れた地に建てられた将軍家の屋敷も二条陣または二条城と称し… ►続きを読む

 

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