文書と写真・地図による「記憶」の再現

アーカイブ:2009年 7月

妙心寺 退蔵院

 

妙心寺 退蔵院(みょうしんじ たいぞういん) 2008/05/14訪問 妙心寺 退蔵院 余香苑  妙心寺の塔頭である退蔵院は三門の西側にある。 応永11年(1404)越前の豪族 波多野重通は、深く帰依していた妙心寺第三世住持 無因宗因を開山として千本通松原に退蔵院を創建する。 応永6年(1399)守護大名の大内義弘が室町幕府に対して反乱を起こし、堺に籠城するという応永の乱が起こる。3代将軍足利義満は有力守護大名の弱体化と将軍家への権力の集中を図るため、守護大名の相続問題への介入や討伐を積極的に行ってきた。応永の乱により大内義弘は討死、大内氏は政治的影響力を失うこととなった。妙心寺第6世住持の拙堂宗朴は大内義弘と関係が深かったため、拙堂宗朴は大内義弘に連座して青蓮院に幽閉、妙心寺は寺領没収、龍… ►続きを読む

 

妙心寺

 

臨済宗妙心寺派大本山 妙心寺(みょうしんじ) 2008/05/14訪問 妙心寺 三門  仁和寺の二王門を潜り、きぬかけの道に出る。龍安寺方向にきぬかけの道を戻ると、仁和寺の東南の角で一条通に当たる。この一条通を東に進むと京福電鉄北野線の踏切と妙心寺駅に出会う。そのままさらに進むと右手に妙心寺の北総門が現れる。 妙心寺 仏殿  妙心寺は臨済宗妙心寺派大本山で山号は正法山。 平安京の北西部に12町の敷地を占め、三門、仏殿、法堂などの中心伽藍と共に山内塔頭36箇院を持つ大寺院である。この他にも龍安寺などの境外塔頭10箇院を加え、現在妙心寺の塔頭は46箇院に及ぶ。また日本の臨済宗寺院 約6000か寺のうち、約3400か寺を妙心寺派で占める。 妙心寺 三門 仏殿 法堂そして大方丈と並ぶ  妙心寺の歴史… ►続きを読む

 

仁和寺

 

真言宗御室派総本山 仁和寺(にんなじ) 2008/05/14訪問 仁和寺 御殿北庭  再び北野天満宮の一の鳥居を潜り、今出川通に出る。北野天満宮前停留所から市バス10号に乗り、10分ほどで6つ先の御室仁和寺に着く。 仁和寺は真言宗御室派総本山で山号は大内山。平成6年(1994)に世界遺産に登録される。 仁和寺 二王門 仁和寺 参道と中門 仁和寺 五重塔 仁和寺 五重塔 相輪部分  仁和寺は光孝天皇の勅願で仁和2年(886)に建立が始められた。 北野天満宮の項で触れたように、元慶8年(884)藤原基経によって陽成天皇が廃位された後に光孝天皇は即位する。天長7年(830)仁明天皇の第三皇子として生まれているので、即位した時は既に55歳となっていた。16歳で元服し四品親王となって以来、中務卿・式部卿・相… ►続きを読む

 

北野天満宮

 

北野天満宮(きたのてんまんぐう) 2008/05/14訪問 北野天満宮 三光門  とようけ茶屋の前の今出川通を横断すると北野天満宮の一の鳥居が目の前に迫ってくる。 北野天満宮 一の鳥居 北野天満宮 参道 北野天満宮 三の鳥居越しの楼門  北野天満宮の祭神は菅原道真公である。相殿に道真の長男・中将殿(高視)、夫人の吉祥女を祀る。梅宮大社や八坂神社と同じ二十二社の下八社の一社で、旧社格では官幣中社。  菅原道真の大宰府への配流やその後の怨霊話しは有名であるが、改めてまとめてみる。 道真は承和12年(845)父 菅原是善、母 伴氏の三男として生まれる。菅原氏は野見宿禰を先祖とする土師氏の子孫であり、平安時代初期の菅原古人が大和国菅原邑に住んでいたことから、菅原氏を名乗る。古人から数えて4代目が道真とな… ►続きを読む

 

とようけ茶屋

 

とようけ茶屋 (とようけちゃや) 2008/05/14訪問 とようけ茶屋 看板  龍安寺の山門を出て、きぬかけの道に戻ったのは11時45分。この近くで昼食を摂り、仁和寺、妙心寺方向に向かうことも考えたが、観光客も多いので、一度北野白梅まで戻ることとした。龍安寺前の停留所から市バス59号に乗り、4つ目の金閣寺道で下車する。ここから市バス101号に乗り換え3つ目の停留所である北野天満宮前で下車する。この間30分程度であった。目の前には北野天満宮の大鳥居が見える。今出川通を挟んで北野天満宮に面する とようけ茶屋で本日の昼食を頂く。 とようけ茶屋 北野天満宮の正面  とようけ茶屋は京豆腐のとようけ屋山本が平成4年(1991)北野天満宮の門前に出したお店。とようけ屋山本は販売を行う店舗のみで食事の出来る… ►続きを読む

 

龍安寺

 

臨済宗妙心寺派 龍安寺(りょうあんじ) 2008/05/14訪問 龍安寺 方丈庭園  鹿苑寺の黒門を出て、金閣寺前の停留所から京都市営バス59号に乗り、きぬかけの道を西に向いおよそ10分くらい進む。3つ先の龍安寺前で下車し、参道を北に入っていくと龍安寺の山門が現れる。総門は龍安寺前の停留所より南側にあるため、きぬかけの道によって境内を分断された形となっている。山門潜ると左手に鏡容池が広がる。 龍安寺 龍安寺前停留所 龍安寺 総門内の境内  鹿苑寺は臨済宗妙心寺派寺院で山号は大雲山。平成6年(1994)に世界遺産に登録される。  永観元年(983)円融天皇はこの地に円融寺を勅願寺として創建した。翌年、円融天皇は花山天皇に譲位し、朱雀院上皇となる。寛和元年(985)上皇は出家し、これ以降円融寺に居… ►続きを読む

 

鹿苑寺

 

臨済宗相国寺派 鹿苑寺(ろくおんじ) 2008/05/14訪問 鹿苑寺 鏡湖池と舎利殿  荷物は今夜泊まる旅館に送って頂く事として、女将のお見送りを受けて柊家を後にする。この日は北山の鹿苑寺を初めとして竜安寺、北野天満宮、仁和寺そして妙心寺を廻る予定を組んでいる。いずれも有名な場所であるため修学旅行客を避けることは出来ないと覚悟している。 鹿苑寺 金閣寺道の入口 鹿苑寺 参道 鹿苑寺 新緑の参道  9時30分に京都市役所前停留所から北大路バスターミナルを経由する京都市営バス205号に乗車する。金閣寺道は21番目の停留所となる。真直ぐ河原町通を北に進み、賀茂川を葵橋で渡る。下鴨本道を北に進み北大路通を左折して西進すると北大路バスターミナルを経由し、大徳寺の前を通り西大路通に出る。衣笠御所ノ内町で南… ►続きを読む

 

柊家 その4

 

柊家(ひいらぎや) 2008/05/13訪問 柊家 抹茶と特製銘菓 朧月  部屋に入るとすぐに抹茶が用意される。お菓子は三日月状した薄茶の皮に白い斑の砂糖?をまぶした様はその名のとおり朧月である。中は粒餡が入っている。食べるとほのかに生姜が利いている。こちらも柊の印が入っているので柊家の特製菓子となっている。こちらは加賀屋清和で作られているが、今はお店は閉められていて買うことが出来ないようだ。このあたりのことは、「fran」さんのブログ「まねきねこ」に書かれているのでそちらをご参照ください。そちらに掲載されている写真を見るとお菓子の名称も特製であることが分かる。 柊家 夕食 1 柊家 夕食 2 柊家 夕食 3 柊家 夕食 4 柊家 夕食 5 柊家 夕食 6 柊家 夕食 7 柊家 夕食 8 柊家 夕食 9 柊家 … ►続きを読む

 

柊家 その3

 

柊家(ひいらぎや) 2008/05/13訪問 柊家  床の間の窓側には洗面所が作られている。 柊家 洗面台 柊家 洗面台 いろいろなものが並ぶ 柊家 洗面台の左半分 柊家 洗面台の右半分 柊家 洗面台に置かれていた説明書 柊家 洗面台に置かれていた美しいシルエットの腰掛と洗面具  ホテルでも使われる新しい洗面セットが置かれている。洗面台の上には各種のアメニティグッズが置かれている。その他にシャンプーとトリートメントの説明書きが置かれている。確かに見たこともないシャンプーを使用するのには抵抗がある。そのような気持ちに対する配慮とともに、これもまたひとつのノベルティグッズとなっている。 柊家 風呂場の扉 柊家 風呂場 壁は天井までタイル張り 柊家 風呂場 屋形状の舟底天井 扉と同じ赤い塗装が施されている 妻面に… ►続きを読む

 

柊家 その2

 

柊家(ひいらぎや) 2008/05/13訪問 柊家 32号室  今回柊家で宿泊した部屋は、鍵に書かれた名称によると32号室とある。麩屋町通から西方向へ玄関を入り、「来者如歸」の額のかかる間に上がる。そこから北側に伸びる廊下の右手側の部屋であったので、部屋の窓先は麩屋町通に面した塀となる。 柊家 客室玄関 この部分は比較的新しい造りとなっている 柊家 客室玄関 棚と冷蔵庫 柊家 客室玄関 冷蔵庫置き場 ミニチュアボトルと腰壁のスクラッチタイルに時代を感じる 柊家 客室玄関 冷蔵庫の上にはワインオープナーまで用意されている 柊家 客室扉  板張りの廊下から部屋の開き戸を開けると踏込みとなっている。正面に棚が架けられ、その上に一輪挿しが置かれている。棚の右手上には灯りと開けることのできない装飾として拵えら… ►続きを読む

 

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