文書と写真・地図による「記憶」の再現

アーカイブ:2009年 7月 05日

百々橋

 

百々橋(どどばし) 2008/05/13訪問 百々橋の礎石 寺之内通小川  足利将軍室町第址の碑み右手に見ながら、室町通を北へ入る。2本目の通り右に曲がると烏丸通に面した大聖寺門跡の山門が角に見える。義満の正室の叔母にあたる日野宣子は、無学祖元の弟子・意翁円浄に参禅し、貞治7年(1368)に出家して、大聖院無相定円尼と号した。将軍義満は安禅所として室町邸内に建てられた岡松殿に無相定円尼を迎えた。永徳2年(1382)57歳で亡くなると,その遺言に従い岡松殿を法名にちなんで大聖寺とした。創建以来、応仁の乱等の兵火に度々遭い移転を重ね、長谷(現在の岩倉長谷街)から、文明11年(1479)毘沙門町に移り、再び創建の地に戻ったのは元禄9年(1696)のことだった。大聖寺は光格天皇の皇女 普明浄院にいた… ►続きを読む

 

足利将軍室町第址

 

足利将軍室町第址(あしかがしょうぐんむろまちていあと) 2008/05/13訪問 足利将軍室町第址 今出川通から室町通に入る北東の角に建つ  京都御苑を今出川門から出て、烏丸今出川の交差点を渡る。今出川通から室町通に入る北東の角に大正4年(1915)京都市教育会が建立した碑が立っている。ここには      「従是東北 足利将軍室町第址」 と記されている。ここが室町幕府 花の御所の西南の角に当たる。  足利幕府の将軍の邸宅がどのように変遷して行ったかについては、「はむはむ」さんのブログ(http://djungarian.typepad.jp/weblog/2007/03/post_b777.html : リンク先が無くなりました )に詳細に記されている。こちらを参考させて頂き、さらに大まかにまとめると… ►続きを読む

 

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