文書と写真・地図による「記憶」の再現

アーカイブ:2012年 11月 05日

高台寺 その3

 

臨済宗建仁寺派 鷲峰山 高台寺(こうだいじ)その3 2009年11月29日訪問 高台寺 遺芳庵  圓徳院庭園を観賞しているうちに、ライトアップの時間になっていたようだ。本日最後の訪問地として高台寺に向かう。圓徳院の境内からねねの道に出ると、高台寺の夜間拝観を目的として集まった人々で膨れ上がっていた。幸いに圓徳院を拝観する際に共通券を購入しておいたので、入場券を購入するために列に並ぶ必要はなかったが、それでも多くの人の後ろに並ぶ事となった。 高台寺 台所坂  圓徳院の項でも参照したように重森三玲・完途共著による「日本庭園史大系 9 桃山の庭二」(社会思想社 1972年刊)には、「豊臣夫人居館というのは化粧殿の事はあっても、ここに居住したわけでない。」という文書がある。これは京都坊目誌の圓徳院に… ►続きを読む

 

高台寺 圓徳院 その2

 

高台寺 圓徳院(えんとくいん)その2 2009年11月29日訪問 圓徳院 北書院北庭  高台寺 圓徳院では、圓徳院が建立されるまでの歴史を高台院とそれを取り巻く木下家の人々を中心に記してきた。この項では圓徳院庭園を中心に書いていきたい。 碓井小三郎が大正4年(1915)に纏めた「京都坊目誌」(新修京都叢書刊行会 光彩社 1969年刊)では、「庭園は今に存す。所謂石庭式なり。空池に石橋を架し奇石を安徘す。傅て小堀政一の作と云ふ。手水鉢あり檜垣と名く世に著名なり。」と記されているのに対して、重森三玲・完途共著による「日本庭園史大系 9 桃山の庭二」(社会思想社 1972年刊)では、その可能性の低いことを指摘している。つまり高台寺の造営と共に慶長10年(1605)に、この庭が新築されたならば、小堀… ►続きを読む

 

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