文書と写真・地図による「記憶」の再現

カテゴリー:200805

国立京都国際会館

 

国立京都国際会館 (こくりつきょうとこくさいかいかん) 2008年05月20日訪問 国立京都国際会館  宝ヶ池の北側に昭和41年(1966)建設された国立京都国際会館へは、いつかは訪れなければいかないと思いつつ、なんとなく足が向かないまま未訪問のままであった。それは地理的な理由もあったが、むしろどうしても見なければという積極的な気持ちを欠いていたためであろう。今回も近くまで来たついでに遠くからだけでも眺めておこうという気楽な気分になれたためである。 国立京都国際会館  戦後の建築設計競技は、昭和23年(1948)の世界平和記念聖堂と広島平和記念公園、昭和27年(1952)丸の内の東京都庁舎、昭和29年(1954)国立国会図書館、そして昭和38年(1963)の京都国際会館と国立劇場、昭和43年… ►続きを読む

 

宝ヶ池

 

宝ヶ池 (たからがいけ) 2008年05月20日訪問 宝ヶ池  岩倉の実相院門跡の前から京都バス・四条河原町行きに乗車し、最後の訪問地・蓮華寺を目指す。花園橋停留所で下車した後、高野川の上流に向かって歩いていく。叡山電鉄三宅八幡駅の前で高野川の北岸に渡り、大原から若狭へと続く国道367号・鯖街道を東に進む。蓮華寺の駐車場の先を左に入ると蓮華寺の山門が現れる。花園橋から徒歩15分、17時直前に山門を潜ることができたが、残念ながら拝観は既に終了した旨を告げられる。再訪を期して、京都バス・上橋停留所から国際会館駅行きに乗車する。まだ日が高いので宝が池公園を最後の訪問地とする。 宝ヶ池 叡山電鉄の鉄橋 宝ヶ池 三宅八幡駅あたり 宝ヶ池 上橋停留所  宝ヶ池は深泥池のような高層湿原とは異なり、江戸時代の中… ►続きを読む

 

岩倉の町並み

 

岩倉の町並み (いわくらのまちなみ) 2008年05月20日訪問 岩倉の町並み 実相院門跡への道程で見かけた古い道標  岩倉の地名の由来は、山住神社にある巨石が神体となり石座神社と称される古代磐座信仰、あるいは平安京造営時に一切経を納めるために京の四方の山上に設けられた4つの岩蔵の一つとされている。平安時代の文献には石蔵として現れ、現在使用している岩倉となるのは鎌倉時代以降である。5世紀後半以降に開拓が始まる。幡枝地区は早い時期から集落が形成されており、律令制のもとでこれらの集落は山城国愛宕郡栗野郷に属する。特に平安時代以降、岩倉は貴人の別荘地・隠棲地や病者のための静養地とされるとともに、大雲寺・実相院・聖護院など多くの寺院・神社が創設され、これら寺社の所領地となる  この洛北でも有名な実相… ►続きを読む

 

実相院門跡

 

天台宗単立寺院 岩倉山 実相院門跡 (じっそういんもんぜき) 2008年05月20日訪問 実相院門跡 西庭園  円通寺の山門を出て、京都府道40号線下鴨静原大原線を少し大原方向に下り、民家の中に入っていく。円通寺 その2で触れたように、新しい道路が作られ、まさにこれから住宅街として開発されようとしていた。恐らく現在はさらに進んでいるのだろう。東の方向に進んでいくと10分程度で京都バスの円通寺道停留所に着いた。ここから岩倉の実相院に行くため、岩倉村松行きのバスに乗車し、国際会館駅前、岩倉駅を経由して岩倉中町で下車し、あとは徒歩で向かう。岩倉中道を北上し、途中で西側を並行に南北に走る京都府道105号線岩倉山端線すなわち岩倉街道に入り、再び北に進む。享保12年(1727)に建てられた鞍馬道の道標の… ►続きを読む

 

円通寺 その2

 

臨済宗妙心寺派大悲山 円通寺 (えんつうじ) その2 2008年05月20日訪問 円通寺 庭園  円通寺の項でも触れたように、後水尾上皇は正保4年(1647)より長谷と岩倉の山荘に行幸を重ねてきた。そして慶安元年(1648)4月にも長谷の山荘に行幸し田植えを見学している。翌慶安2年(1649)9月には東福門院、顕子内親王そして明正上皇を伴い長谷と岩倉を訪れている。上皇はこの行幸において幡枝で観月の宴を開いている。これが最初の幡枝への行幸であり、幡枝御殿の上御茶屋であったと考えられている。 円通寺 比叡山の眺め 正伝寺 比叡山の眺め  小沢朝江氏の論文「後水尾院の幡枝御殿について 円通寺への下賜の否定と位置・沿革の検討」(日本建築学会大会学術講演梗概集 1995年)によると、円通寺の地に幡枝御殿… ►続きを読む

 

円通寺

 

臨済宗妙心寺派大悲山 円通寺 (えんつうじ) 2008年05月20日訪問 円通寺 庭園  八大神社の一の鳥居と一乗寺下り松を見た後、曼殊院道を西に進み白川通に出る。そのまま北大路通の交差点辺りまで白川通を南に下る。昼食を摂った後、タクシーに乗車し幡枝の円通寺を目指す。車は白川通を北上し、白川通北山の交差点で左折し、叡山電鉄と高野川を越えて北山通を西に走る。昨日、深泥池から上賀茂神社へ歩いた道と同じように、北山通から鞍馬街道に入り北上する。深泥池畔からさらに鞍馬街道を進む。道は次第に勾配をきつくしていくと共に、民家の数も少なくなっていく。白川通北大路から、およそ20分弱で円通寺の前に着いたが、歩いて鞍馬街道を登って行くのは、中々大変そうな感じを受けた。距離的には市内から遠くないものの時間的には… ►続きを読む

 

一乗寺下り松

 

一乗寺下り松 (いちじょうじさがりまつ) 2008年05月20日訪問 一乗寺下り松  八大神社の二の鳥居を潜り、詩仙堂を左手に見ながら坂を下っていくと、正面に大樹と共に八大神社の一の鳥居が見える。その横を過ぎると左手に松の木が植えられた石段が現れる。これが宮本武蔵と吉岡一門の決闘で有名な一乗寺下り松である。 一乗寺下り松 八大神社の一の鳥居  今日、我々が知る宮本武蔵像は吉川英治によるところが大きい。その元となったのが、承応3年(1654)宮本武蔵の養子・宮本伊織が父武蔵の菩提を弔うために、豊前国小倉藩手向山山頂に建立した自然石に刻まれた顕彰碑文・小倉碑文である。高さ4.5メートルの石碑の頂部には、武蔵の遺言として「天仰實相圓満兵法逝去不絶」十二文字の大文字、その下に、漢文で千百余文字の顕彰… ►続きを読む

 

八大神社

 

八大神社(はちだいじんじゃ) 2008年05月20日訪問 八大神社 拝殿前の石段  詩仙堂丈山寺の小有洞から前面道路に出る。川端通から東に延びる曼殊院道は白川通を越えて、一乗寺下り松で北に折れるが、この下がり松から東に続く道は詩仙堂の小有洞の前を通り、八大神社そしてさらに東の高台にある狸谷山不動院へと続く。 八大神社 一の鳥居 八大神社 二の鳥居  八大神社は、永仁2年(1294)祇園八坂神社から勧請し、祭神は素盞鳴命、稲田姫命、八王子命となっている。そのため八大神社と八坂神社の祭神は同じと考えられている。ちなみに八坂神社は、慶応4年(1868)の神仏分離令により、下記のように改められている。     中の座   牛頭天王  → 素戔嗚尊     東の座   沙竭羅竜王 → 櫛稲田姫命    … ►続きを読む

 

詩仙堂丈山寺 その2

 

曹洞宗大本山永平寺派 詩仙堂丈山寺 (しせんどうじょうざんじ) その2 2008年05月20日訪問 詩仙堂 書院庭園  山茶花の樹の元に小有洞の扁額が掛かる表門がある。これを潜り境内に入っていくと、両側の竹林の中を石段と真直ぐ伸びる参道が見える。突き当りの石垣を左に曲がると老梅関という中門が建物の前に現れる。雲形の2つの窓の左側は、蜂腰の額の架かる玄関である。この玄関はやや低く、蜂のように腰をかがめて出入りしたため名付けられている。残念ながら現在の拝観順路から外されているため、この玄関から入ることは出来ないが、この玄関越しに詩仙堂の有名な庭園が開けている。 建物の内部に入る。西側の8畳と6畳間を合わせた座敷は、縁が南側から東側に巡らされている。この座敷の名称は何と呼ぶのだろうか?詩仙堂の公式… ►続きを読む

 

詩仙堂丈山寺

 

曹洞宗大本山永平寺派 詩仙堂丈山寺 (しせんどうじょうざんじ) 2008年05月20日訪問 詩仙堂 嘯月楼  曼殊院道を西に下り、小川に架かる橋まで進む。ここで南に折れ、清賢院、西圓寺そして圓光寺の前を通り南に下ると、一乗寺下り松と八大神社を結ぶ道に行き当たる。詩仙堂はこの八大神社の西隣である。  詩仙堂は、曹洞宗大本山永平寺派の寺院で、六六山詩仙堂丈山寺 凹凸窠が正式な名称となっている。凹凸窠とは、でこぼこの土地に建てられた住居の意味である。実際に詩仙堂の建物や庭園は、山の斜面に沿って段状に作られている。開基である石川丈山は詩仙の間を含め、建物や庭の10の要素を凹凸窠十境と見立てている。      凹凸窠十境      小有洞    … ►続きを読む

 

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