文書と写真・地図による「記憶」の再現

カテゴリー:200901

亀山陵

 

亀山陵(かめやまのみささぎ) 2009年1月12日訪問 亀山陵  亀山陵は、後嵯峨天皇の嵯峨南陵の左側に同じ檜皮葺宝形造の法華堂という形で並ぶ。 大覚寺や妙心寺 その3で同じことを書いてきたが、後嵯峨天皇によって作りだされた両統迭立によって、亀山天皇は最初の大覚寺統の天皇となる。 第90代亀山天皇は建長元年(1249)後嵯峨天皇と中宮藤原姞子との間に第7皇子・恒仁親王として生まれている。正嘉2年(1258)正嘉の飢饉の最中に10歳で立太子。同母兄に第89代後深草天皇となる久仁親王、異母兄に鎌倉幕府第6代将軍に就任する宗尊親王がいる。 亀山陵 亀山陵、嵯峨南陵へと続く門  兄の久仁親王は、寛元元年(1243)外祖父の太政大臣西園寺実氏の今出川邸第にて誕生し、生後2ヶ月で立太子。そ… ►続きを読む

 

嵯峨南陵

 

嵯峨南陵(さがのみなみのみささぎ) 2009年1月12日訪問 嵯峨南陵 左:亀山陵 右:嵯峨南陵  史跡名勝天然記念物に指定されている天龍寺の庭園を拝観した後、今年度最後の訪問地に向かう。2008年5月10日、京都駅に降り立ち小雨の泉涌寺に最初に訪れて以来、幸いにも8ヶ月の間に何回か京都に来る機会ができた。その間に少しずつ、一般的には観光名所とはよばれない場所も含めて、訪問箇所が広がってきた。京都の全土を網羅的に見たわけではなく、結局見てきたものを書いている間に、見落とした場所を再度訪問していたことに気が付く。すなわち、書く度に泉涌寺や東福寺の周辺を、また歩いていてしまったというのが素直な感想である。2009度以降に撮影した写真も多く残っているため、まだまだブログを終えることはできないようだ… ►続きを読む

 

天龍寺

 

臨済宗天龍寺派大本山 霊亀山 天龍寺(てんりゅうじ) 2009年1月12日訪問 天龍寺 本坊庭園 曹源池と左に嵐山 右に小倉山  本坊を拝観した後に塔頭の拝観を行なうつもりであったが、宝厳院の拝観時間が早く終わるため、天龍寺本坊を後回しにした。宝厳院から再び法堂まで戻り、庫裏への石段を上って行く。既に16時を大きく回っているため、庭園だけの拝観とする。庫裏には行かず、大方丈東庭の入口から中へ入る。 天龍寺 本坊大方丈と東庭 禅宗寺院の南庭を思わせる構成 天龍寺 本坊東庭 広大な白砂の空間 大方丈の大きさが分かる  臨済宗天龍寺派大本山天龍寺の山号である霊亀山は、小倉山の別称の亀山に由来している。「京都の地名 検証 3 風土・歴史・文化をよむ」(勉誠出版 2010年刊)によると、かつての小倉山は桂… ►続きを読む

 

天龍寺 宝厳院

 

天龍寺 宝厳院(ほうごんいん) 2009年1月12日訪問 天龍寺 宝厳院 中央に龍門滝が見える  法金剛院の五位山と双ヶ岡の連なりを眺めながら、花園駅からJR嵯峨野線に乗車し、2つ先の嵯峨嵐山駅で下車する。駅南口に出て、京福電気鉄道嵐山線の嵐電嵐山駅に進む。駅の直前を西に折れてさらに300メートル程度進むと、京都府道29号宇多野嵐山山田線に突き当たり、その先に天龍寺の総門が現れる。今回は塔頭の宝厳院を先に訪問するため、放生池を右手に見ながら通り過ぎ、法堂の手前を南に入る。そのまま150メートルくらい進むと宝厳院の山門が現れる。 天龍寺 宝厳院 茅葺屋根を載せた長屋門風の山門 天龍寺 宝厳院 獅子吼の庭 天龍寺 宝厳院 獅子吼の庭 雲上の三尊石 天龍寺 宝厳院 獅子吼の庭 雲上の三尊石 詳細  宝厳… ►続きを読む

 

双ヶ丘

 

双ヶ丘(ならびがおか) 2009年1月12日訪問 双ヶ丘  法金剛院の山門を潜り出ると、たちまち交通量の多い丸太町通という現実の世界に戻る。横断歩道を渡るとJR山陰本線の花園駅の駅前広場が迎えてくれる。1996年に二条城駅とともに高架化され、駅舎も改められている。ホーム上部には木造構造の屋根が架けられ、街中の駅舎とは思えない特徴的な外観を作り出している。この花園駅から嵯峨野線に乗車し天龍寺に行く予定であるが、次の電車が来るまでにまだ少し時間があるようだ。ちなみに山陰本線のうち京都駅から南丹市の園部駅までの間は嵯峨野線と呼ぶ。花園駅のホームで次の電車を待ちながら、双ヶ丘から仁和寺方向を眺める。 双ヶ丘 花園駅の駅舎  安永9年(1780)に刊行された都名所図会では、双岡を以下のように簡潔に説明… ►続きを読む

 

法金剛院 その2

 

律宗別格本山 五位山 法金剛院(ほうこんごういん) その2 2009年1月12日訪問 法金剛院 庭園  大治5年(1130)第74代鳥羽天皇の中宮待賢門院は、仁和寺の御堂として復興する。養父で寵愛を受けた白河法皇追善のためであり、この時に寺号を法金剛院と改めている。そして待賢門院は晩年をこの地で過ごす。大治4年(1129)7月24日に白河院が崩御する。同年9月10日、待賢門院は仁和寺御堂を建立するため、候補地の視察を源師時に命じている。師時は中原師能と伴い花園の天安寺を視察する。東西に川が流れ後方に山があり、南は開けているという地形は、御堂の建立地としては最適であると考えるに至る。法金剛院で記したように、天安寺は文徳天皇の御願寺であることから、この地への建立を差し控えるべきとの意見もあった。… ►続きを読む

 

法金剛院

 

律宗別格本山 五位山 法金剛院(ほうこんごういん) 2009年1月12日訪問 法金剛院 山門  妙心寺の南総門を出ると、東側から来た丸太町通が南西に緩やかに曲がって行く。道なりに進むと通りの向こう側にJR山陰本線の高架と花園駅が見えてくる。そのまま南総門から200メートルくらい進んだ右手に法金剛院の山門が現れる。道路幅員が広く、交通量の多い丸太町通に面して、小さく簡素な門が迎えてくれる。山門の左手には、文徳天皇御旧跡 律宗別格本山 法金剛院と記された石柱標識が建つ。 法金剛院 山門脇の碑 法金剛院 境内図  現在の法金剛院の地には、平安時代初期、右大臣清原夏野の山荘が営まれていた。左京区花園の地名の由来は、夏野が敷地内に珍花奇花を植えたことから来ている。その歴史は受け継がれ、世界の蓮を植えてい… ►続きを読む

 

妙心寺 塔頭 その7

 

妙心寺 塔頭(みょうしんじ たっちゅう) その7 2009年1月12日訪問 妙心寺 塔頭 仙壽院と衣笠山 2012年1月撮影  玉鳳院と龍泉庵、東海庵、霊雲院、聖澤院の本派四庵以外の43の塔頭を南西、北西、北東、南東そして一条通の北側の5つのエリアに分けて見て行く。 一条通北エリア42金臺寺 慶長13年(1608) 開山 輝岳宗暾 妙心寺131世                開基 正親町天皇 豊臣秀吉43仙壽院 承応 元年(1652) 開山 禿翁妙宏 妙心寺196世                開基 後水尾天皇44多福院 文明14年(1482) 開山 鉄船宗熙45霊光院 天正10年(1582) 開山 月航玄津 妙心寺44世                開基 細川昭元の室宗倩尼46大珠院 … ►続きを読む

 

妙心寺 塔頭 その6

 

妙心寺 塔頭(みょうしんじ たっちゅう) その6 2009年1月12日訪問 妙心寺 小方丈  玉鳳院と龍泉庵、東海庵、霊雲院、聖澤院の本派四庵以外の43の塔頭を南西、北西、北東、南東そして一条通の北側の5つのエリアに分けて見て行く。 南東エリア31雑華院 天正11年(1583) 開山 一宙東黙 妙心寺79世                開基 牧村利貞32福壽院 元和 5年(1619) 開山 竜天宗登                開基 水野忠清の室(養賢院)33如是院 ?      大愚庵開山 義天玄詔 妙心寺8世      寛正 3年(1462) 中興 直指宗諤 妙心寺51世                開基 奥平貞澄34大心院 明応 元年(1492)?開山 景堂玄訥 妙心寺29世   … ►続きを読む

 

妙心寺 塔頭 その5

 

妙心寺 塔頭(みょうしんじ たっちゅう) その5 2009年1月12日訪問 妙心寺 塔頭 海福院 玉鳳院と龍泉庵、東海庵、霊雲院、聖澤院の本派四庵以外の43の塔頭を南西、北西、北東、南東そして一条通の北側の5つのエリアに分けて見て行く。 北東エリア23光国院 元和 6年(1620) 開山 梁南禅棟 妙心寺100世                開基 松平忠隆24雲祥院 慶長 3年(1598) 開山 海山元珠 妙心寺105世                開基 千坂宗策(亀仙庵)25長慶院 慶長 5年(1600) 開山 東漸宗震 妙心寺71世                開基 木下家定の妹26桂春院 慶長 3年(1598) 開山 水庵宗掬 妙心寺73世                開基 津田秀則… ►続きを読む

 

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