徘徊の旅の中で巡り合った名所や史跡などの「場所」を文書と写真と地図を使って保存するブログ

タグ:町並み

錦市場

 

錦市場(にしきいちば) 2008/05/14訪問 錦市場 打田漬物商工業株式会社 京漬け物  四条堺町通の市原平兵衞商店から四条通を越え、堺町通を北に進むとすぐに京の台所、錦市場のアーケードに当たる。昭和38年(1963)に京都錦市場商店街振興組合が設立し、現在では寺町通から高倉通までの全長390メートルの道沿いに生鮮食品を中心とした約130の店舗が並ぶ。 東側は寺町に始まり、西は大宮西入るまでの部分に道が作られたのは延暦年代(782~806)のことだと言われている。もと具足を売る店が並んでいたため、具足小路と呼ばれていた。その後訛って、くそ小路と呼ばれたこともあったらしい。  宇治拾遺… ►続きを読む

 

祇園・先斗町の町並み

 

祇園・先斗町の町並み(ぎおん・ぽんとちょうのまちなみ) 2008/05/12訪問 祇園  都ホテルから三条通を西に歩き、鴨川を渡り、橋詰を南に下ると先斗町に入り込む。夕食の店を探しながら細い道を2往復した。夕食後、祇園界隈を散策する。 先斗町 三条橋から鴨川沿いの川床を眺める 先斗町 先斗町 先斗町 先斗町 先斗町 石畳の道は細いが行き交う人は多い 先斗町 先斗町 先斗町 先斗町 先斗町 川床納涼床は5月から始まる 先斗町 四条橋より川床を眺める  先斗町は鴨川と木屋町通の間にある花街で、町と付くが正式な地名ではない… ►続きを読む

 

墨染の町並み

 

墨染の町並み(すみぞめのまちなみ)  2008/05/11訪問 墨染 墨染の交差点 左:京 右:伏見 伏見街道はここで曲がる  墨染に降りた理由は3つある。1つ目は藤森神社を拝観すること。2つ目は伏水街道第四橋の存在を確認すること。そして幕末に新選組 近藤勇が狙撃された地を歩くことにあった。  京阪電鉄墨染駅に降り、駅舎を出て踏み切りを渡ると北から続く伏見街道に出会う。 墨染 伏見街道沿いの民家  近藤勇が狙撃される前後の時間の経過を見てみる。      慶応3年(1867) 3月20日 伊東甲子太郎一派、新選組を脱退する                        御陵衛士とな… ►続きを読む

 

日野の町並み

 

日野の町並み(ひのまちなみ)  2008/05/11訪問 日野の街並み 碑 日野西大道町  日野誕生院より出て、京都市営地下鉄東西線の石田駅まで歩くことにする。日野誕生院の前には京阪バスの停留所があるが2時間に3本という有様なので歩かざるを得ない。もう少し交通の便が良ければ、法界寺を訪れる観光客も増えるのにと思う一方、折角静寂が保たれている境内に観光客が溢れかえるのもという気もする。  法界寺の前を起点としている府道127号日野薬師線を約100メートル北に進むと日野自治会公会堂のある交差点が現れる。この場所には、「右ひのやくし 是より六丁」と「親鸞聖人日野誕生院」の2つの碑と鴨長明方丈石… ►続きを読む

 

宇治の町並み

 

宇治の町並み(うじのまちなみ)  2008/05/11訪問 宇治 お茶屋さんの看板  平等院を後にし、再び平等院表参道を宇治橋の方向へ戻る。橋の西詰めで府道15号を西に入る。ほどなくすると左手に長屋門が現れる。上林記念館 お茶の博物館である。残念ながら見学する時間もないので、今回は外側から見るだけとした。再び宇治橋を渡り、京阪電鉄宇治駅に至る。 宇治 あがた通のお茶屋さん 宇治 平等院表参道 宇治 平等院表参道  菟道稚郎子の離宮である桐原日桁宮や摂政藤原道長の宇治殿に代表されるように、宇治には早い時期から離宮あるいは別業が造られてきた。それだけ風光明媚、交通の要所であ… ►続きを読む

 

伏見の町並み

 

伏見の町並み(ふしみのまちなみ)  2008/05/10訪問 酒蔵が並ぶ伏見の町並み 月桂冠大倉記念館  伏見奉行所址である桃陵団地を後にし、再び魚屋通に出て近鉄京都線の高架をくぐり京阪電鉄の踏切を越え西に進む。道は大阪町辺りで突き当たり左に曲がる。道なりに進むとすぐにまた魚屋通が現れる。魚屋通はここでクランクしている。また魚屋通に直行する南北に通る道もクランクするため、4つ角の交差点がなくT字路が2箇所近接している。「四ツ辻の四ツ当たり」という城下町に良く見られる遠見遮断の構造である。この場所が伏見城からはかなり離れているため、伏見奉行所防衛のために設けられたものではないかともいわれて… ►続きを読む

 

伏水街道の橋

 

伏水街道の橋 (ふしみかいどう の はし)  2008/05/10訪問 伏水街道第三橋 東福寺中門前  東山山麓から流れ出て鴨川にそそぐ河川が伏見街道に交差する箇所に4本の橋が架けられ、北から一ノ橋、二ノ橋、三ノ橋、四ノ橋と呼ばれていた。現在、一ノ橋と二ノ橋の川は暗渠となり元の橋の位置と異なった場所に親柱が保存されている。三ノ橋と四ノ橋は伏見街道の橋として使用されている。いずれの橋の親柱にも伏見街道ではなく“伏水街道”とある。  JRと京阪電鉄の東福寺駅より200m北、現在の本町12丁目にある清涼山寶寿寺の北側を一の橋川は流れていたようだ。泉涌寺より東大路通を越え大谷学園大谷高等学校の南… ►続きを読む

 

伏見街道

 

伏見街道 (ふしみかいどう)  2008/05/10訪問 伏見街道の町並み 玉屋  伏見街道は五条と伏見を結ぶ街道。伏見城を築いた豊臣秀吉が天正年間(1573~1593)あるいは文禄年間(1593~1596)に開いたといわれている。さらに江戸時代に入ると伏見は大阪につながる交通の要衝となり、京と伏見の間の物資の運搬路が必要となり、西側に並行する竹田街道や高瀬川水路が開かれた。沿道には東福寺や伏見稲荷大社など名所も多く、旅人や観光客の往来は絶えない。 京と伏見をつなぐ街道というわりには道幅も細く、地域の生活道路として使用されるのがやっとであり、観光客を乗せたタクシーが入ってくるとすぐに渋滞… ►続きを読む

 
 

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