文書と写真・地図による「記憶」の再現

仙洞御所



仙洞御所(せんとうごしょ) 2008/05/13訪問

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仙洞御所 北池

 閑院宮邸を出て、京都御苑の中を仙洞御所に向かう。11時からの参観であるため、10分前までに大宮御所の正門に到着しなければならない。閑院宮から大宮御所へは早歩きでも10分以上かかる。正門で出力した参観許可通知を見せると門内の参観者休所に導かれる。こちらでロッカーに荷物を入れ、仙洞御所の紹介ビデオを見ながら参観開始時刻を待つ仕組みになっている。

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仙洞御所 北池への潜戸

 皇居・桂離宮・修学院離宮・京都御所、そして仙洞御所の参観は事前に宮内庁に申し出なければならない。以前に訪れたときは、往復葉書のみだったが、現在はWeb上からも申し込むことも出来るようになり、便利になっている。参観希望日の3ヶ月前の月の1日午前5時から申し込みが可能になる。しかし桂離宮や修学院離宮の申し込みはすぐに満員になってしまうため、最初の申し込みで取れないと追加申し込みでの獲得は困難であるように思える。申し込みは従来の往復葉書とインターネットと宮内庁京都事務所参観係窓口の3種類があり、それぞれに人数枠が設定されていること、そしてインタネットによる申し込み枠がそれほど多くないことが想像される。

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仙洞御所 又新亭
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仙洞御所 又新亭の中門

 もともと仙洞とは仙人の住まいを意味する言葉である。そこから転じて退位し上皇や法皇になった天皇の御所のこととなった。中国では古くから、仙人に理想的な人間像を求めてきた。そのため俗世を離れて深山に隠遁する有様を、退位した天皇の住まいに重ね合わせた美称でもある。上皇や法皇は退位後、内裏から退去して仙洞御所に移るのを常とし、平安京内に置かれた内裏、すなわち里内裏がそれにあてられてきた。仙洞御所は院とも呼ばれ、上皇や法皇の別称としても使われる。

 京都御所の南東にある仙洞御所は、寛永4年(1627)後水尾上皇のために造営されたもので、正式名称は桜町殿という。創建時には御所としての建築群とともに小堀遠州によって作事された庭園が広がっていた。後水尾上皇が御存命の間にも三度焼失し、その都度細見されてた。以後、霊元、中御門、桜町、後桜町、光格の五代の上皇の仙洞御所として使用された。しかし幕末の嘉永7年(1854)に起きた火災で京都御所とともに焼失した後は上皇も女院も居られなかったので殿舎の再建はなされなかった。仙洞御所を取り囲む築地塀は京都御所とともに安政2年(1855)に再建された。
 仙洞御所東北に隣接する大宮御所は後水尾天皇の中宮であった徳川秀忠の娘 東福門院和子の女院御所として造営されたものが元となっている。こちらも仙洞御所と同様、再三の火災で焼失し、現在の建物は孝明天皇の皇后である英照皇太后の御所として慶応3年(1867)に造営されたものである。しかし英照皇太后も東京に移られると御常御殿のみを残して、他の殿舎は整理され現在のような姿となった。天皇陛下や皇太子殿下の入洛の際の御宿舎として利用される他は、京都迎賓館が出来るまでは国公賓の宿泊に利用されていた。

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仙洞御所 大宮御所から北池に注ぐ水路
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仙洞御所 北池

 仙洞御所の庭は寛永7年(1630)小堀遠州によって作庭されたが、その後の火災やそれに伴う改修により、創建時の痕跡を探すことが困難な状況となっている。南島の東岸、土佐橋からつながるあたり直線状の岸に見ることが出来るといわれている。それでは遠州はどのような庭を造ったのか?宮元健次氏の「[図説]日本庭園のみかた」には江戸初期の整形式庭園の例として寛永年度仙洞女院御所復元図(図4 P11)が掲載されている。この復元図によると仙洞御所と女院御所の間は築地塀により45度に区切られ、仙洞御所の庭は雁行した御殿に呼応するように池の大部分の護岸を直線で構成している。この池の中央にごく自然な風景をした中島を浮かべている。また御殿と池の間には花壇を配置するなど従来の日本庭園のイメージを破壊するような形態をこの庭に持ち込んでいる。宮元健次氏は江戸初期にヨーロッパから入ってきたヴォー=ル=ヴィコント庭園に代表されるフランス・バロック庭園の影響を受けていると指摘している。
 「京の名庭散歩」の名庭37号 仙洞御所庭園の北池(http://www003.upp.so-net.ne.jp/hata0913/niwa-4.htm : リンク先が無くなりました )には「寛永度仙洞御所・女院御所庭園図」<2>として掲載されている復元図も同様な傾向を示している。現在、北池と南池が繋がっているが、ここでは仙洞御所の池と女院御所の池は独立している。 他に類例を見ることが出来ないため、小堀遠州が作ろうとしたものに近いものが自分の中に想像できているか疑問も残る。しかし自然の中に建物がありその中で生活をしているのではなく、この庭は巨大な人工建造物の中に再現された自然と思えばよいので良いのではないだろうか?上記の復元図では仙洞御所の庭の南側にはいくつかの殿舎が建ち並んでいることが見て取れる。この建物の中を南北に移動しながら庭を鑑賞することを優先して作庭したと考えられないだろうか。丁度舞台の上に置かれた書割と大道具を見るように。規模の違いがあるが、枯山水の坪庭ならばごく自然に受け入れることが出来る。

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仙洞御所 北池に架かる六枚橋 右は阿古瀬淵
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仙洞御所 北池に注ぎ込む流れ

 この奇抜と言うか住人である後水尾上皇を試すように作られたととも思える庭は、30年も経たない寛文4年(1664)に上皇によって大改修が加えられた。目指しているものが全く異なっていたとしか考えられない。承応4年(1655)に後水尾上皇が自ら造りあげた修学院離宮と小堀遠州が作庭した仙洞御所を比較すれば明らかに違いが分かる。造形的な革新性のみを前面に押し出すのではなく、上皇は自然や庭園を含めた環境が産み出すものの革新性を優先したと考えられる。そのためには人の手によって管理された自然の中で生活することを選んだと言える。これより20年ほど後の貞享4年(1687)の絵図では、大改修された庭の様子が明らかになっている。女院御所の庭が大きく南にまで拡張され、仙洞御所の庭も南に移動し、池の形や中島などほぼ現在に近いものになっている。そして遠州の直線的な汀は全く姿を消している。そして延享4年(1747)には仙洞御所と女院御所の池は掘割でつなげられた。

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仙洞御所 中島へ渡る土橋
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仙洞御所 中島から東岸に架かる石橋
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仙洞御所 中島から東岸に架かる石橋

 参観は大宮御所と仙洞御所を区切る塀の潜戸をくぐる所から始まる。仙洞御所に入ると先ず北池の全貌が目の前に現れる。池の背後には東山の稜線が見える。非常に大きな池であることと都心にあるにもかかわらず、これだけの人工の森が自然を感じるように作り上げられたことに驚かされる。池の汀にはいくつかの石組みが見えるが、護岸に沿って植えられた樹木が大きく成長し、影を水面に色濃く落としているため、あまり人工的には見えない。おそらく仙洞御所に入った者は、まず人の手の入っていない自然(実際には周到に管理されているが)を感じるだろう。

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仙洞御所 鷺の森の中
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仙洞御所 南池に架かる八ツ橋

 潜戸の右手には又新亭がある。もとよりこの地には宝永6年 (1709)霊元上皇の時に修学院離宮の上の茶屋から移築した止々斎があったが、焼失したため明治17年(1884)に近衛家から献上されたのが又新亭である。手前に柿葺、奥に茅葺との2種の屋根を持ち、洗練された中に野趣を感じさせる茶室となっている。苑路から外露地にが始まり茅葺の中門がある。そしてこの中門と四つ目垣で囲む中が内路地の空間となっている。

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仙洞御所

 この後、参観路に従い北池と北池の中島を時計回りに廻っていく。大宮御所から北池に注ぎ込む水路を越えると入江状になった阿古瀬淵に六枚橋の切石の橋が架かる。阿古瀬淵は、仙洞御所の造園以前に、湧泉跡といわれ平安期の歌人紀貫之邸があったところだという。小高い丘の上に紀氏遺蹟碑が建てられているらいしいが、参観順路に入っていないため確認することは出来ない。これを渡ると再び北池に注ぐ遣り水が現れる。こちらは北池の順路沿いには珍しく石組みが造られている。
 北池の北岸から中島へは土橋で渡り、4枚の切石を雁行状に組んだ石橋で戻る。この先は鷺の森と呼ばれる樹木の鬱蒼とした部分に入る。北池と南池の境界部分にあたる。2つの池を結ぶ掘割には、もみじ橋が架けられている。ここから南池に架かる八ツ橋が良く見える。ここで北池は終わる。北池は最初に感じたとおり、自然の姿をなるべく忠実に再現するように造られた庭といえる。

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仙洞御所 南池側からもみじ橋を眺める

「仙洞御所」 の地図


大きな地図



仙洞御所 のMarker List

No. 名称 緯度 経度
01  大宮御所 35.0225 135.7651
02  仙洞御所 北池 35.0221 135.7662
03  仙洞御所 又新亭 35.0218 135.7654
04  仙洞御所 阿古瀬淵 35.0223 135.7658
05  仙洞御所 六枚橋 35.0223 135.7659
06  仙洞御所 鷺の森 35.0217 135.7665
07  仙洞御所 もみじ橋 35.0216 135.7662
08  仙洞御所 南池 35.0213 135.7664
09  仙洞御所 八ツ橋 35.0212 135.7663

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