文書と写真・地図による「記憶」の再現

アーカイブ:2017年 7月 16日

藤井右門邸跡 その3

 

藤井右門邸跡(ふじいうもんていあと)その3 2010年1月17日訪問 藤井右門宅跡 2011年6月18日撮影  藤井右門邸跡 その2では、明和事件の主犯とされる山縣大弐の経歴と事件の遠因となった柳子新論、そして事件の発端となった小幡藩での吉田玄蕃監禁について書いて来た。この項では山縣大弐逮捕に至った経緯と関係者に対する処分について書いてみる。 吉田玄蕃監禁事件の関係者に対する処分を明らかにするために、明和4年(1767)8月21日の小幡藩の国替、藩主の交代と隠居蟄居が行われたことまで記した。再び監禁事件が発生した明和3年(1766)12月まで時間を戻す。上記のように小幡藩内で監禁事件が発生し、玄蕃の罪案に山縣大弐が関係していたことが、どのような経路かは分からないが江戸の大弐の門人にも伝わって… ►続きを読む

 

藤井右門邸跡 その2

 

藤井右門邸跡(ふじいうもんていあと)その2 2010年1月17日訪問 藤井右門宅跡  藤井右門邸跡では、藤井右門が関与した明和事件を説明する前に、宝暦事件の経緯を竹内式部中心に見て来た。この項では明和事件の思想的な核となる柳子新論とその著者である山縣大弐について書いて行く。宝暦事件の舞台が京都であるのに対して、この明和事件は江戸で発生している。山縣大弐は江戸で塾を開き江戸で捕縛されているため、この機会に説明しなければ他に書く所が無くなるためである。そのため、またもや藤井右門邸跡の説明からは離れてしまうことを容赦願いたい。 竹内式部に感化された中流の公家が、垂加流神道を桃園天皇に進講しようと働きかけたのが宝暦事件の発端であった。そして若い天皇の近習に主権を奪われること、あるいは幕朝関係の悪化が… ►続きを読む

 

藤井右門邸跡

 

藤井右門邸跡(ふじいうもんていあと)2010年1月17日訪問 藤井右門宅跡 2016年3月5日撮影  相国寺墓地の禁門変長州藩殉難者塔より、再び方丈の横に戻る。境内を南に歩き経蔵の角を右に曲がると塔頭の瑞春院と西門が見えてくる。この門は上立売通に建てられているので、境内を出るとすぐに烏丸上立売の交差点となる。横断歩道を西側に渡ると目の前に大きな藤井右門邸跡の石碑が現れる。尊王論者であった藤井右門が京都に構えた邸宅の跡である。 藤井右門について書く前に、宝暦事件と明和事件の経緯を確認する。既に一度、宝暦事件については慶光天皇廬山寺陵で触れているが、明和事件に至る過程を説明する上でも重要な事件となるので、改めてここに記す。徳富蘇峰は近世日本国民史「宝暦明和篇」(時事通信社出版局 1964年刊)の… ►続きを読む

 

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