文書と写真・地図による「記憶」の再現

アーカイブ:2017年 7月 23日

藤井右門邸跡 その5

 

藤井右門邸跡(ふじいうもんていあと)その5 2010年1月17日訪問 藤井右門宅跡  藤井右門邸跡 その3及び、その4で明和事件の主犯とされる山縣大弐と藤井右門の宣告とその最期を見てきた。この項では宝暦事件の主犯で明和事件にも連座した竹内式部の最期と事件終結後の藤井右門の末裔とその自邸の変遷について書いてみる。 山縣大弐、藤井右門に続き竹内式部にも刑が与えられた。その宣告は以下の通りである。     勢州宇治今在家町御師鵜飼又太夫方に居候                   式部事 竹内正庵                       五十六歳其方儀、永澤町浪人山縣大弐、並同人方に居候京都正親町三条中将家来之由申立候藤井右門と、反逆一味の者の由、訴人有レ之候所、大弐、右門儀も反逆にては無レ之… ►続きを読む

 

藤井右門邸跡 その4

 

藤井右門邸跡(ふじいうもんていあと)その4 2010年1月17日訪問 藤井右門宅跡 2016年3月5日撮影  藤井右門邸跡 その3では明和事件において山縣大弐捕縛となった経緯と処罰がいかに決定し、刑に処せられたかについて書いてきた。ここでは藤井右門の宝暦・明和の二事件にどのように関与し、その最期を明らかにする。 今回、藤井右門を書くに辺り、その事跡を記した書籍を探したが、殆どないことが分った。そのため唯一の伝記となる佐藤種治著「勤王家藤井右門」(中田書店 1936年刊)を参照する機会が多くなる。このようなこととなったのには、本書の序文で触れているように、藤井右門に関する史料・資料が圧倒的に少なく、伝記を纏めるのに至らないからである。徳富蘇峰も近世日本国民史「宝暦明和篇」(時事通信社出版局 1… ►続きを読む

 

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