カテゴリー:京都
昭和京都名所圖會 その4
昭和京都名所圖會(しょうわきょうとめいしょずえ)その4 昭和京都名所圖會 地図上へのプロット 昭和京都名所圖會から その2、その3と3回にわたり竹村俊則の経歴と共に「新撰京都名所圖會」全七巻(白川書院 1965年完結)から「昭和京都名所圖會」全七巻(駸々堂出版 1989年完結)までの執筆の経緯を書いてきました。本来、「新撰京都名所圖會」を完結した時点で当初の竹村の目的が完了していたはずでしたが、彼が予想していた以上に社会の変化が激しかったこと、そして自らの手による挿画が時代から取り残されて行ったことが、二度目の執筆に向わせたと思います。その反省があったため、「昭和京都名所圖會」は「新撰… ►続きを読む
昭和京都名所圖會 その3
昭和京都名所圖會(しょうわきょうとめいしょずえ)その3 昭和京都名所圖會 「昭和京都名所圖會 巻一」 洛東-上 今熊野図 竹村俊則画 昭和54年9月このような広域の鳥瞰図も描いている 昭和京都名所圖會 その2では、「新撰京都名所圖會」の完結と白川書院の廃業までを書いてきました。この項では「昭和京都名所圖會」の執筆以降を書いて行こうと思います。 「新撰京都名所圖會」が完結してから6年経た昭和46年(1971)に巻四の第五版が発行されています。この版は第四巻としては新字に改訂してからの最初の刷り増しとなりました。竹村はこの巻のあとがきも全面的に書き換えています。 この巻は巻三の洛中の部の… ►続きを読む
昭和京都名所圖會 その2
昭和京都名所圖會(しょうわきょうとめいしょずえ)その2 昭和京都名所圖會 「昭和京都名所圖會 巻一」 洛東-上 昭和京都名所圖會では、1965年に全7巻で完結した「新撰京都名所圖會」とその後に時代の変化に合わせて改訂出版された「昭和京都名所圖會」を紹介するに留まってしまいました。この項では竹村俊則の経歴を中心に書いて行こうと考えています。 竹村俊則については、なかなか纏まった資料がないように思われる。いろいろな所で見る経歴やエピソードは、自らの著書のあとがきや新聞等のインタビューによるものが多いようです。このあたりを手際良くまとめたのが、板井博彦氏の「竹村俊則と新撰京都名所圖會」(京都… ►続きを読む
昭和京都名所圖會
昭和京都名所圖會(しょうわきょうとめいしょずえ) 昭和京都名所圖會 「新撰京都名所圖會 巻三」 洛中の部1 2016年末から2017年始に向け、竹村俊則の「昭和京都名所圖會」の特集を準備してきました。しかし想像以上に作業に作業時間を要したことにより、2017年1月末更新という何とも格好の悪いこととなりましたが、ここに公開いたします。 竹村俊則については、本ブログでも何回か取り上げていますので、御存知の方も多く居られることと思います。比較的新しいエントリーとして、大久保利通旧邸で、「京の史跡めぐり」(京都新聞社 1987年)を参照しております。明治11年(1878)の大久保暗殺後も大久… ►続きを読む
京都の地図 その4
京都の地図(きょうとのちず)その4 2016年8月18日登録 京都の地図 2016年3月の旅行に使用した地図 全体図ではマーカーの位置も分からない 設定変更について その4でも少し触れたが、2016年3月の撮影旅行の際に持参した地図は、その前の2014年10月に作成した三階層構造のpdfファイルとは異なるものであった。実際に現地で使用して感じた違和感、率直に言えば使い難さによっている。 2014年10月の地図の構造については、京都の地図 その3で、その作成方法を詳しく記しているので、繰り返すことはしない。ここでは生成された地図の問題点のみを上げることとする。 先ず最も使い難さを感じたも… ►続きを読む
京都の地図 その3
京都の地図(きょうとのちず)その3 京都の地図 Kindle Fire HD上の地図 京都の地図と京都の地図 その2で、地図を作る上で取り扱うデータについて説明した。ここでは実際に地図上に表示するまでのことを書いておく。 本ブログで使用している地図のデータは全てFilemakerで管理している。ただ座標情報を保存するだけならばExcelでも十分だが、写真や説明文などを合わせるならば、リレーショナルを組むことの出来るデータベースを使用する方が二重入力や重複データを防止する上で有効である。データベースの詳細な構造を書くことがこのブログの目的ではないので、簡単な説明に留めておく。テーブルは、… ►続きを読む
京都の地図 その2
京都の地図(きょうとのちず)その2 京都の地図 「新撰京都名所図会」 京都の地図では、オリジナルの地図を作ることとなった経緯とフィールド・ミュージアム京都と「京都・山城 寺院神社大事典」(平凡社 1997年刊)を加え、史跡石標・道標と寺院神社のデータベースを作成するところまで説明した。この項ではさらに追加した情報について書いてみる。 「京都観光navi」は京都市産業観光局が運営するサイトで、寺院・神社、観光施設、文化・歴史・自然、年間行事、食事・宿泊・買い物、駒札、催し、伝統行事、コンサート、美術展の10カテゴリーに分類された情報を地図上に表示するシステム。特に駒札は、京都市の建てた駒… ►続きを読む
京都の地図
京都の地図(きょうとのちず) 京都の地図 2015年の最初の更新として、地図について書いてみます。 京都御苑 縣井で少し触れましたが、昨年2014年10月に長期間の休みを頂くことが出来、再び京都を訪れました。2008年5月の休暇に京都へ出かけたことが、このブログを始める契機となりましたが、それ以来の訪問となるため、それなりの準備を2014年4月から行ってきました。京都御所 その7を書いたのが7月6日で、それ以降旅行が終了するまでの3ヶ月間はいろいろな用意のため忙殺されブログの更新を見合わせることとなりました。ここではその間に行ってきたことを少し書いてみます。 京都の地図 本ブログ右… ►続きを読む
京都・山城 寺院神社大事典
京都・山城 寺院神社大事典(きょうと・やましろ じいいんじんじゃだいじてん) 京都・山城 寺院神社大事典 ゴールデンウィークの課題として、日頃お世話になっている「京都・山城 寺院神社大事典」(平凡社 1997年刊)について書いてみる。今では京都の寺院や神社の謂れを調べる上で欠かすことの出来な存在となっている。既に刊行して15年近い年数を経っているものの、取り扱っている内容からして記述が古くなる心配も余りない。恐らく新たな歴史上の発見が成されるまでは、その記述を改める必要はないだろう。 凡例でも触れているように、この事典の基は、「日本歴史地名大系」の26巻「京都府の地名」と同27巻「京… ►続きを読む
京都の神社巡り その6
京都の神社巡り(きょうとのじんじゃめぐり) その6 京都の神社巡り 大原野神社 祭 神: 不明 社 格: 不明 所 在: 不明 「山城志」では、 在所未レ詳 「山城名跡巡行志」(「京都叢書 第10巻 山城名跡巡行志 京町鑑」(光彩社 1968年刊行))も、 在二乙訓郡一其所不レ詳 とあるが、「山城名勝志」(新修 京都叢書 第7巻 山城名勝志 乾(光彩社 1968年刊))では、 土人云スハラト云所水垂村西北ニアリ此所ナルニヤ と簀原神社が水垂村の西北にあったことを記している。水垂村は現在の伏見区淀水垂町の大部分であり、桂川の右岸に位置する… ►続きを読む
京都の神社巡り その5
京都の神社巡り(きょうとのじんじゃめぐり) その5 京都の神社巡り 大歳神社 祭 神: 天津児屋根命 別雷神 倉稲魂神 応神天皇 社 格: 旧村社 所 在: 長岡京市浄土谷宮ノ谷3 柳谷観音へと続く柳谷道の途中、浄土谷から山道を20分ほど上った集落にある神社。「山城名跡巡行志」(「京都叢書 第10巻 山城名跡巡行志 京町鑑」(光彩社 1968年刊行))では、 御谷ノ神社 在所未レ詳有カ云在二浄谷ニ一今称二五社ト一右鎮守社歟 と既に江戸時代より在所が分からないものの乗願寺横の五社明神を御谷神社と比定している。五社… ►続きを読む
京都の神社巡り その4
京都の神社巡り(きょうとのじんじゃめぐり) その4 京都の神社巡り 大井神社 大歳神社社前にある由来 宮中神三十六座と京中坐神三座に引き続き、山城国一二二座の内、乙訓郡十九座、葛野郡二十座、愛宕郡二十一座、紀伊郡八座、宇治郡十座の七十八座の中で訪問した式内社を中心に書いて行く。また、久世郡二十四座と綴喜郡十四座、相楽郡六座については、全て訪問していないので今回の対象からは除外し、改めて訪問した際に記すこととする。なお祭神は現在祭祀されている神を記している。 祭 神:高皇産日命 神皇産日命 社 格: 旧郷社 所在地: 京都市伏見区羽束師志… ►続きを読む
京都の神社巡り その3
京都の神社巡り(きょうとのじんじゃめぐり) その3 京都の神社巡り 隼神社 社格の変遷について、京都の神社巡りと、その2を通じて記してきた。ここでは、延喜式神名帳に掲載されている式内社の内、現在の京都市に近い部分を中心に書いてみる。 宮中神三十六座は以下のとおりである。 神祇官西院坐御巫等祭神 二十三座 御巫祭神 八座 座摩巫祭神 五座 御門巫祭神 八座 生嶋巫祭神 二座 宮内省坐神 三座 大膳職坐神 三座 … ►続きを読む
京都の神社巡り その2
京都の神社巡り(きょうとのじんじゃめぐり) その2 京都の神社巡り 八坂神社 神社の社格について書いて行く。 律令制における国司は任国内の諸社に神拝することが定められており、諸国の一宮の起源ともされている。これは上記の二十二社制が、中央における祭祀体制であるのに対して、地方での祭祀体制として作られたとも考えられている。原則として令制国1国あたり1社を建前にしたが、一宮の次に社格が高い神社を二宮、さらにその次を三宮のように呼んでいた。氏人や神人などの特定の社会集団や地域社会にとっての守護神や一国規模の領主層や民衆にとっての政治的守護神、あるいは中世の諸国にとっての国家的な守護神を祭神と… ►続きを読む
京都の神社巡り
京都の神社巡り(きょうとのじんじゃめぐり) 京都の神社巡り 伏見大社稲荷 昨年の正月には、京都の名庭巡りということで、京の庭園のランキングを作成した。(京都の名庭巡り その1 その2 その3 その4 その5の1 その5の2 その6をご参照下さい)そこで今年最初の記事として、京都の神社巡りについて書いてみる。 そもそも、神社の定義とは何だろうか?Wikipediaでは 日本の宗教の神道の祭祀施設、及びその施設を中心とした祭祀儀礼・信仰を行う組織。鳥居の内の区域一帯を、「神霊が鎮まる神域」とみなす。 とある。神社とは神道に関連する施設とその組織自体を指し示す用語として使われているが、その定… ►続きを読む
京都の名庭巡り その6
京都の名庭巡り その6 龍安寺 京都の名庭巡り その1 から 京都の名庭巡り その6 までお読み頂きありがとうございました。今回のランキング作成するために参照した資料等を表にまとめておきました。もし庭園とか建築に御興味があれば、ご参照下さい。京都の名庭巡り作成資料。。 126 浄瑠璃寺庭園 127 裏千家庭園 128 官休庵庭園 129 酬恩庵(一休寺)方丈庭園 130 酬恩庵廟前庭園 131 小松亭址積翠園庭園 132 真如院庭園 133 表千家庭園 134 霊雲院庭園 135 勧持院庭園 136 西翁院庭園 137 泉涌寺練成道場前庭園 138 藪内宗家… ►続きを読む
京都の名庭巡り その5の2
京都の名庭巡り その5の2 このブログには文字数制限があるようで、1つ星の名庭を その5の1 と その5の2 に分けました。 ここは1つ星の名庭を掲載いたしました。「星1つの庭なんて?」とお考えの方も居られるかと思いますが、下記の写真を見て頂ければ、そんなことは全くないことがお分かりかと思います。ついに、ここまでで100庭を越えてしまいました。それだけ京都の庭のレベルが高いということだと思います。また、ほとんどの庭が現役の庭です。どんなに有名な作庭家が手掛けた名庭でも、人手が離れるとあっという間に遺蹟になってしまいます。今までも数え切れないほど多くの庭が私達の知らない所で消えていったことでし… ►続きを読む
京都の名庭巡り その5の1
京都の名庭巡り その5の1 このブログには文字数制限があるようで、1つ星の名庭を2つに分けました。続いて、その5の2 も御参照下さい。はっきり言いまして、星1と星1.5の差はほとんどありません。比較的有名であり、容易に鑑賞でき庭を星1.5に選んでおきましたので是非、こちらから順番に訪問してみてください。 なお洛翠は現在閉鎖していると思われます。またいつの日か新たな所有者のもとで再会できることを希望しております。そのような意味を含めて掲載させていただきました。 font-size:larger 記事へのlink → 1・2・3 font-size:larger 記事へのlink… ►続きを読む
京都の名庭巡り その4
京都の名庭巡り その4 font-size:larger 記事へのlink → 1・2・3 font-size:larger 記事へのlink → 1 font-size:larger 記事へのlink → 1 font-size:larger 記事へのlink → 1・2・3・4 font-size:larger 記事へのlink → 1・2 font-size:larger 記事へのlink → 1 font-size:larger 記事へのlink → 1 font-size:large… ►続きを読む
京都の名庭巡り その3
京都の名庭巡り その3 font-size:larger 記事へのlink → 1・2 font-size:larger 記事へのlink → 1・2 font-size:larger 記事へのlink → 1・2 font-size:larger 記事へのlink → 1 ★★★☆も同じく4つの庭を他より一段高く置きました。選んだ後で眺めてみると偶然ですが4つの作品とも東山に作られた庭でした。 高台寺円徳院は豪放な桃山文化を象徴する庭園です。少し上に入れた醍醐寺三宝院庭園には及ばないまでも見逃すことのできない庭だと思います。特に醍醐寺三宝院… ►続きを読む