文書と写真・地図による「記憶」の再現

アーカイブ:2009年 8月 16日

洛中の町並み その8 寺町通

 

洛中の町並み(らくちゅうのまちなみ) 2008/05/15訪問 寺町通 一保堂茶舗  南北に御池通と丸太町通、東西に河原町通、烏丸通の4つの大路に囲まれた町並みを通り毎に見ていく。 寺町通は河原町通の1本西側の通りで、北は鞍馬口通から南は五条通りまでの全長約4.6キロメートル。通りの原型は平安京の東端を南北に走る東京極大路である。天正18年(1590)豊臣秀吉が着手した京都大改造で、洛中の寺院をこの通りの東側に集めたことからこの通りに寺町の名が付いた。 寺町通 一保堂茶舗 寺町通 一保堂茶舗 仁丹の番地表示板 寺町通 一保堂茶舗 店頭には茶箱が積まれている  夷川通を過ぎると左手に享保年間(1717)創業の日本茶の専門店・一保堂茶舗の大きな町家が現れる。近江出身の渡辺伊兵衛が、寺町二条に、茶、茶… ►続きを読む

 

洛中の町並み その7 富小路通

 

洛中の町並み(らくちゅうのまちなみ) 2008/05/15訪問 富小路通 京都ハリストス教会  南北に御池通と丸太町通、東西に河原町通、烏丸通の4つの大路に囲まれた町並みを通り毎に見ていく。  麩屋町通の1本西側の通りが富小路通で、丸太町通から六条通までの約2.8キロメートル。もともとの平安京の富小路を麩屋町通と呼ぶようになり、その西側の道を富小路通とするようになった理由は良く分からない。江戸時代には鍛冶屋、目貫小柄屋、白皮屋、塗師などの職人衆が多く住んでいたと言われている。 富小路通 京都ハリストス教会 富小路殿公園側から眺める  丸太町通から車屋町通に入り夷川通を過ぎると、京の町並みには不似合いな尖塔が現れる。京都ハリストス教会の生神女福音聖堂が、この地に建設されたのは明治34年(190… ►続きを読む

 

葵祭

 

葵祭(あおいまつり) 2008/05/15訪問 葵祭  この日は1日市内を廻る予定であった。旅館の人から葵祭を勧められたので、午前中の予定を変更して見物しに行くことにした。三条通、石黒香舗そして亀末廣を回り、車屋通を北上して堺町通の正面に到着したのが10時30分であった。朝早くから順番待ちしただろう人の後ろから見ることができた。 葵祭 警察の騎馬が準備をする 葵祭 葵祭 葵祭 内蔵寮史生  葵祭は5月15日に賀茂御祖神社(下鴨神社)と賀茂別雷神社(上賀茂神社)で行われる例祭で、正式には賀茂祭と呼ばれている。太古別雷神が上賀茂神社の北北西にある神山に御降臨された際、御神託により奥山の賢木を取り阿礼に立て、種々の綵色を飾り、走馬を行い、葵楓の蔓を装って祭を行ったのが上賀茂神社の祭祀の始めであった。 御… ►続きを読む

 

洛中の町並み その6 車屋町通

 

洛中の町並み(らくちゅうのまちなみ) 2008/05/15訪問 車屋町通 左:西島家住宅 右:伊可田屋  南北に御池通と丸太町通、東西に河原町通、烏丸通の4つの大路に囲まれた町並みを通り毎に見ていく。  車屋町通は烏丸通の1本東側を南北に走る全長約800メートルの通りである。長い伝統を受け継ぐ老舗の風格のある看板や暖簾を多く目にする。その中に新しい施設も生まれつつあり、新旧が共存できる町並みが魅力となりつつある。 車屋町通は天正18年(1590)に豊臣秀吉の京都改造によって、烏丸通と東洞院通の間に開通した。当初は、北は出水通から南は姉小路通まで貫通していたが、宝永5年(1708)の京都の大火の後、京都御所の拡大が行われ、現在の丸太町通から姉小路通間の比較的短い通りとなった。通りの名称は輸送業… ►続きを読む

 

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