文書と写真・地図による「記憶」の再現

アーカイブ:2009年 8月 05日

炭屋旅館 その4

 

炭屋旅館(すみやりょかん) 2008/05/14訪問 炭屋旅館 夕食01  炭屋の食事は、素材も料理方法もそして器を含めて、非常に伝統的な懐石の範囲の中で創られたものという印象が残っている。懐石の形態をとりながら洋風の素材を用いたり、あるいは和食と異なる料理方法で作られたものを輪食器に装うこともなく、非常に忠実な懐石料理であることは、初心者の私にも伝わってきた。妻もお茶事に出される懐石料理を思い出したと言うことなので、おそらく私たちの得た印象は作り手の意図したものに近かったと思う。その反面、あまり驚かされるような料理も現れず、淡々と夕食が進んで行き、気がついたらデザートを迎えていたというのも偽らざる感想である。繰り返しになるが、吟味された素材を使い、丁寧に造られた料理は非常に美味しいものでし… ►続きを読む

 

炭屋旅館 その3

 

炭屋旅館(すみやりょかん) 2008/05/14訪問 炭屋旅館 安宅 主室の床の間方向  主室は8畳間、右手窓側に床の間が造られている。畳敷きの床の間には掛け軸が掛けられ、丸い盆の上に載せられた花器にはお花が生けられている。床の右側は床脇となっており、棚が設えてある。この棚の前に置かれた台の上に電話機がある。床脇の棚の右手にはクロークとなっており、浴衣が用意されている。床の間の正面の壁の腰には、文字の書かれた紙が貼られている。近づいて読むと安宅の謡本であることが分かる。小舞を組んだ窓の下から始まり、床の間と床脇を除いてほぼ主室の中を一周している。もともと長押のない部屋であるため、これを除くと床の間の正面の壁には何も施されていない。ただ小さなテレビとファンヒータが板敷きに置かれているだけである… ►続きを読む

 

炭屋旅館 その2

 

炭屋旅館(すみやりょかん) 2008/05/14訪問 炭屋旅館 安宅 次の間から客室ドアを眺める  本日泊まった部屋は「安宅の間」、能の安宅から名付けられた客室である。玄関から客室をつなぐ廊下を進むと中庭が現れる。さらに進むと照明も明るく、新しく作られた部分に入る。安宅の間はこの増築部分の1階にある。 炭屋旅館 安宅 客室ドア 炭屋旅館 安宅 炭屋旅館 安宅  部屋の開き戸を開けると、板の間の踏込みがある。正面の壁に和風の照明器具が設けられ、比較的明るい。天井は部屋内方向へ渡された丸材の竿縁天井となっている。さらに細い角材を横方向にも流しているため、狭い空間ではあるが密度を高めている。 炭屋旅館 安宅 次の間 炭屋旅館 安宅  次の間は踏込みを入って左手にある。上がり框の先には衝立が置かれ、その先… ►続きを読む

 

炭屋旅館

 

炭屋旅館(すみやりょかん) 2008/05/14訪問 炭屋旅館 玄関  錦市場を出て、御幸町通を北上し、三条通に入る。三条麩屋町通の角にある あぶらとり紙のよーじや三条店をのぞく。新しいお店と思っていた よーじやも明治37年(1904)に六角御幸町あたりに国枝商店という屋号で店を開いたのが始まりと聞く。この数年の人気の盛り上がりは別としても長く女性に愛されてきた店であることは確かである。 炭屋旅館 三条通からの眺め 炭屋旅館 麩屋町通の外観 炭屋旅館 玄関  三条通の町並みを眺めた後、本日の宿へと麩屋町通を南に入る。  俵屋や柊屋と比較して、炭屋の旅館としての歴史はそれほど長くはない。 もともと刀の鍔や襖の引手とかを商う鋳物屋だった。3代前の堀部鍈之介がお茶やお花そして謡曲を趣味としていた。鍈之… ►続きを読む

 

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