文書と写真・地図による「記憶」の再現

京都御苑 花山院



京都御苑 花山院(きょうとぎょえん はなやまいん) 2010年1月17日訪問

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京都御苑 花山院
賀陽宮邸跡は花山院にあたる 2014年10月8日撮影

 京都御苑 宗像神社の項で、かつて宗像神社が鎮座していた邸宅として小一条第を説明し、さらにその東側に位置した花山院との関係について書いてみた。「拾芥抄」には小一条に続き華山院が下記のように記されている。

華山院 近衛南東洞院東一町本名東一条云云 式部卿貞保親王家貞信公伝領之住 小一条之開号之東家九条殿令給 外家冷泉院此所立坊花山院伝領之

 繰り返しになるが、花山院は当初東一条第と呼ばれていた。小一条院の東つまり左京一条四坊三町にあり、藤原良房の邸宅であった。小一条院も藤原内麻呂が当麻公長から購入し、子息の冬嗣に与えたので、良房の代には小一条院と東一条第の両方を所有していたと考えられる。恐らくこのことが混乱を招いたのであろう。「日本歴史地名大系第27巻 京都市の地名」(平凡社 初版第4刷1993年刊)は、東京第の敷地が小一条院と花山院の東西に分割したのではないかと考えている。対して「平安京提要」(角川書店 1994年刊)は、花山院が東一条第と呼ばれていたことから、混同を避けるために東京第を小一条第に改称したと推測し、別の邸宅と認識している。

 拾芥抄にある式部卿貞保親王とは清和天皇の第四皇子であり、母は藤原高子である。第1皇子の貞明親王が即位し陽成天皇となったため、中務卿、式部卿、兵部卿を歴任して二品に至る。延長2年(924)に薨去、享年55。東一条第は藤原忠平に継がれ花山院として整備されている。さらに忠平の二男師輔に渡り、天暦4年(950)7月には花山院で憲平親王の立太子礼が執り行われている。すなわち忠平、師輔そしてその後を継いだ伊尹は花山院を村上天皇女御安子(師輔の娘)、憲平親王(後の冷泉天皇)、花山上皇そして三条天皇皇后藤原娍子という藤原氏系の御所として用いている。

 天徳4年(960)師輔は病に伏し剃髪出家しようとするが、村上天皇は勅使を送り慰留している。しかしその甲斐なく病は篤くなり、5月2日剃髪し同4日薨去、享年53。上記のように花山院は長男の伊尹に伝領される。憲平親王は康保4年(967)村上天皇の崩御に伴い即位し冷泉天皇となる。伊尹は冷泉天皇、円融天皇の下で栄達し、摂政・太政大臣にまで上り詰める。しかし天禄3年(972)に早逝。享年49。子孫は振るわず権勢は弟の兼家の家系に移る。花山院は伊尹の第九女(九の御方)で為尊親王の正室に渡ったと考えられている。親王は冷泉天皇の第三皇子であり、長保4年(1002)26歳の若さで薨去している。親王の死について、新中納言や和泉式部への夜歩きが過ぎ、当時流行していた伝染病に感染したという噂が「栄花物語」に記されている。これを否定する史料もあるようだが、冷泉天皇の皇子という貴人にしては不名誉な噂である。また同母弟の敦道親王も亡き兄の恋人だった和泉式部と恋愛関係になり、自らの邸宅に式部を住まわせたことで、正室の中の君に離縁されている。敦道親王も寛弘4年(1007)に27歳で早世している。このあたりのゴタゴタについては、京都御苑 宗像神社の小一条第で書いているのでご参照下さい。
 冷泉天皇の第一皇子花山天皇は寛和2年(986)6月22日、宮中を出て剃髪し仏門に入り退位している。法皇は出家後に花山院を後院としている。そして寛弘5年(1008)この地で崩御したことにより、諡号は花山院とされた。
 平安京提要によると花山院は長和3年(1014)火災のためほぼ全焼している。そしてほぼ半世紀後の康平6年(1063)、内大臣藤原師実が伊予守高階泰仲に命じて花山院を再建している。日本歴史地名大系には、一時期は東宮御所として使用されたとある。そして師実の同母兄の藤原定綱を経て、花山院は師実の次男で定綱の娘婿でもあった家忠に譲られる。家忠は清華家の家格を有する花山院家の祖となり、花山院家が代々伝領し明治維新まで至る。

 太田静六著「寝殿造の研究」(吉川弘文館 1987年刊)には師輔時代の花山院の復元図が掲載されている。中央に池と中島を置き、その北側に寝殿、東対、西対、北対を配する典型的な構成であった。時代が下った師実時代の復元図は平安京提要に掲載されている。東対を欠いた左右非対称な構成となっている。なお花山院の南側、左京一条四坊四町は花山院南町とも呼ばれ、この町には花山院の家政機関である別納があった。また平安時代末期の仁平2年(1152)に、この町にあったとされている参議藤原師長の邸宅が焼失している。

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京都御苑 花山院
現在の宗像神社は花山院別院の南あたり位置する

「京都御苑 花山院」 の地図


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京都御苑 花山院 のMarker List

No. 名称 緯度 経度
赤● 京都御苑 花山院 35.0206 135.7618
01 京都御苑 花山別院 35.0194 135.7618
02 京都御苑 小一条第 35.0206 135.7603

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