文書と写真・地図による「記憶」の再現

南禅寺 本坊



南禅寺 本坊(なんぜんじ ほんぼう) 2008/05/12訪問

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南禅寺本坊 方丈庭園

 南禅寺 本坊は、南禅寺の勅使門、山門、法堂の軸線上の東端に建てられていることからもこの伽藍において重要な施設であることが分かる。建物は南側より庫裏、大玄関、大方丈と小方丈そして裏側に座禅や講演会の行われる龍渕閣(りょうえんかく)と茶室不識庵・窮心亭が並ぶ。

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南禅寺本坊 庫裏 遠くからも本坊の位置を知らせているが…少し大き過ぎないか?
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南禅寺本坊 大玄関 非常に美しいアプローチ

 拝観は庫裏から入り、大玄関を通り、まず方丈前の庭園越しに方丈を見ることとなる。方丈は大方丈と小方丈がL字型に組み合わされている。大方丈の南面は方丈前庭に面し、こけら葺屋根を持つ。天正年間(1573~1593)に豊臣秀吉により寄進された御所の清涼殿を、慶長16年(1611)後陽成天皇より拝領移築したもの。小方丈のほうも伏見城の小書院を移築したと南禅寺のしおりでは説明している。屋根のかかり方から見て大方丈と同時か、それ以降に移築あるいは新築されたものだろう。伏見城の遺構と伝承されるものは多く見かけるが、なかなか実証できていないようだ。Wikipediaの南禅寺では寛永年間(1624~1643)の建物としている。これに対する出典はつけられていないので、これ以上調べることはできない。伏見城は寛永2年(1625)に廃城となっているので、時期的には一致するかもしれないが根拠はないということだろう。
 ちなみにWikipediaでは大方丈についても清涼殿ではなく女院御所の対面御殿を移築したものであるとしている。確かに御所の清涼殿にしては大きすぎるような気もする。
 大方丈の内部の六間は、狩野元信・狩野永徳作と伝わる襖絵と障壁画で埋められている。小方丈の障壁画は狩野探幽の作とされている。

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南禅寺本坊 方丈前庭
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南禅寺本坊 方丈前庭

 方丈前庭は小堀遠州の作庭による枯山水庭園。虎の児渡しの伝承を表現しているとも言われている。
それほど奥行きのない方丈前庭の約3分の2には白砂が敷き詰められている。塀際の3分の1の部分にゆったりとした曲線状に苔地が作られ、その上に石組みと樹木を配した非常にシンプルな構成となっている。方丈の縁側に座り庭を眺めると奥行きの少ない平面的な構成とともに強い正面性が感じられる。六つの石と三本の樹木によって構成された左側の先には3つの小さな刈り込みが置かれている。また六つの石は色も形も異なるが、塀際に置かれた大きな3つの石は明らかに、左から中央にかけて徐々に小さくなっている。3つの刈り込みと併せて正面性の中に左から右への動きを表現していることが分かる。

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南禅寺本坊 方丈前庭 借景の美しさと庫裏の屋根の大きさ

 都林泉名勝図会を見ると現在、庫裏の屋根が描かれていないことに気がつく。大正6年(1917)高徳庵が現在の地に移され、その跡地に大正8年(1919)庫裏が建てられたようである。もしこの庫裏が見えないならば、その先に見える東山三十六峰の羊角嶺大日山の特に右手に下っていく線が美しく眺められたと思う。この美しい借景を活かすことこそが、この地に造る庭のテーマだったのではないか。そのために左から右への流れを表現するように石は配置されたと考える。

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南禅寺本坊 方丈前庭
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南禅寺本坊 方丈前庭と法堂

 今一度方丈中央から大玄関の方向に戻り、前庭を東側から見る。正面に法堂の大きな屋根が見え大方丈の軒線と築地塀によって囲まれた空間の中に、樹木の枝先を結ぶ線、石の配置を結ぶ線、苔と白砂の境界線など法堂に向かって伸びていく線が見えてくる。方丈に入るときは人工の法堂の屋根に意識を集中させ、方丈の中央に座すと大きな東山の自然の中に溶け込んでいくという構成を目指していたのではないか。

 南禅寺本坊には方丈前庭の他にいくつかの庭があるが、中田さんのHPによると、いずれも新しく作られた庭であるようだ。確かにそのようにも見える。
 拝観順路は方丈南面から始まり、時計回りとなっている。

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南禅寺本坊 小方丈如心庭
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南禅寺本坊 小方丈如心庭

 如心庭は小方丈の西面に作られた枯山水の庭であり、前からの続きとしてある程度の方丈前庭のイメージを持たせて作られているように見える。ほぼ庭全面に白砂を敷き詰め、その上に石を配し、外部とつながる小さな門からの敷石を除くと庭の北隅の苔地だけに樹木を置いている。構成する要素を方丈前庭と揃えたことは良かったと思われる。

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南禅寺本坊 六道庭
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南禅寺本坊 六道庭

 方丈の北庭に六道庭とよばれる庭があり、雁行した渡り廊下が方丈と龍渕閣と茶室不識庵・窮心亭をつないでいるので、渡り廊下から角度を変えてみることができる。

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南禅寺本坊 龍吟庭 右奥の暗い部分に涵龍池
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南禅寺本坊 龍吟庭

 渡り廊下の先まで進むと、左に龍渕閣があり、右に涵龍池という大きな池のある龍吟庭が見える。ここが南禅寺本坊の最も奥の北庭になる。この庭の入口の位置に大きな石が置かれている。よく見ると4つ以上の部分に割れている。どうして割れた石が置かれているか聞けなかったが、非常に存在感のあるよい形をした石である。

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南禅寺本坊 華厳庭

 渡り廊下を方丈まで戻ると方丈の東庭 華厳庭が現れる。庭の東側に南禅寺垣を立て込むことで庭の領域を背景の東山から明らかにしている。竹垣に茶色の穂が縦縞のストライプのように入り、モダンな印象を受ける。裏側は建仁寺垣と同じ構造だということだ。
 嘉永元年(1848)より御用庭師を務めている植彌加藤造園が本坊を含め南禅寺の多く庭を手がけている。5代目加藤次郎と6代目加藤彌寿雄が、昭和41年(1966)南禅寺小方丈庭園、翌42年には六道庭、そして昭和58年(1983)に華厳庭を作庭している。

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南禅寺本坊 六道庭

「南禅寺 本坊」 の地図


大きな地図



南禅寺 本坊 のMarker List

No. 名称 緯度 経度
01  南禅寺 本坊 庫裏 35.0109 135.7945
02  南禅寺 本坊 大玄関 35.0111 135.7946
03   南禅寺 本坊 大方丈 35.0113 135.7944
04   南禅寺 本坊 小方丈 35.0114 135.7943
05   南禅寺 本坊 龍渕閣 35.0119 135.7943
06  南禅寺 本坊 方丈前庭 35.0112 135.7944
07  南禅寺 本坊 如心庭 35.0114 135.7942
08  南禅寺 本坊 六道庭 35.0116 135.7944
09  南禅寺 本坊 龍吟庭 35.0119 135.7946
10  南禅寺 本坊 華厳庭 35.0115 135.7946

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